fc2ブログ

-
漫画『セクシー田中さん』の作者が、実写テレビドラマ化で違約の改変を受け、ライバル的な脚本家のSNS発言の後に自殺した件。最初に連想したのは、芸術が苦手な国民性の反映です。著者は昔、女性コミックを持ち主からまとめ借りして読み、細かい心理描写に驚きました。

紙の漫画は抽象表現を多用するから、芸術の要素を自然に含みやすい。それでファンやオタクの鑑賞力で受け止められても、テレビ化なら万人受けも必要だろうくらいに、事件当初は考えました。「万人受け」とはつまり芸術性が薄まる方向。

フィンランドのトーベ・ヤンソンの『ムーミン』は、架空の動物の社会が超平和的に展開する思想が濃いそうで。ところが日本のテレビアニメ『ムーミン』は、原作者のルールから逸脱し、日本の都合に合わせたという。もちろん日本の目に、違和感を削り落とす作業。

それで作者は日本の1969年放映版『ムーミン』では、海外放映やビデオソフト化に合意しなかったと言われます。この「視聴者がわかるよう、なじみやすく変える」は、『セクシー田中さん』の実写版のケースとは違うらしい。こちらは改変が目的化していた疑いです。

テレビ局側が、原作を劣化させてまで内容を変えたがるのは、担当者が存在感を出す就活的な論理もありそうです。有能な原作者に挑戦して、横取りして乗っ取るかたちで名をあげる。縁の下から企てるクーデターが甲斐性になるみたいな。これは「協力から対立へ」なのかも。

平成日本で流行りの「自己責任」「弱肉強食」「協調性より個人力」と相関している面もあるかも。つまり大筋でテレビ番組プロダクションのブラック化とパワハラ、テイカーの増殖と相関してみえるのです。和気が乏しい。これも緊縮財政と消費税増税の波及か。
関連記事
スポンサーサイト



現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?