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「桂歌丸の落語はたいしたことない」とどこかで見かけました。機会があって実際に歌丸師匠のテレビ音声だけを聴いてみると、確かにイマイチということがありました。その理由はごく簡単で、尺が足りないことが直接の原因です。

落語の番組はまだましですが、バラエティーの中に落語コーナーをポンと加えた番組では、短い持ち時間が何分と決まっていて、その時間、尺というものにぴったりはめ込まないといけないわけです。これだと途中を略したり、急ぎ足の語りにならざるを得ません。

本来なら失敗を三度繰り返す間抜けさで爆笑になる部分も、二度に切り詰めるなどして、視聴者に伝わるものが大幅に削られます。あらすじだけを取り急ぎ説明している感じになり、笑いの呼吸が生まれない様子がむしろ伝わってきます。

だから落語専用の会場に出演した時の長尺の噺を聴くと、別世界のおもしろさに仕上がっています。正月に時間を十分とった放送もそれに次ぐ出来です。この尺の問題は作文でも生じます。字数が少ないと意味不明な文章になりがちな失敗です。このブログでもよく起きています。

国家経済の別ブログもなるべく短くしたくて、草稿は1500字ほどから始まります。しかし短すぎて誤読が起き、疑問が次々出て理解が止まりやすい。「んっ、そこはどう話がつながるの?」と。そこで行間に説明を加えていくと、すぐに2倍の3000字の長文にふくらみます。

絵画にも尺がある気がします。たとえば画面の面積です。絵画塾の参加者は画面が小さく、指先の仕事へ縮んでしまっていることがあります。表現の尺を伸ばすために、まずは面積を倍にする話をよくやります。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?