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映画『東京オリンピック』は今では定評がありますが、当時は大反対の声が続出したという。最大の理由は、記録映画という従来のならわしと違いすぎるから。今日で言うアーティスティックな方向へ振った構成だからでしょう。芸術がわからない苦情でした。

公式記録映画なら華やかな雰囲気を目指して、全体の素晴らしさを誇るつくりなはず。しかし市川崑監督は、視点を主催者側よりも個人に置いて、社会との関係を想像させるものにしました。演者の楽屋から社会背景へと時代が重なるユニークな視点でした。

100メートル走のスターティングブロックをトンカチで地面に打つ選手の様子など、かなり異色です。試写を見たオリンピック担当大臣が憤慨し、映画擁護で解決したのは市川崑と縁のあった俳優高峰秀子だそう。公式記録映画を剥奪されず、批判側の大恥にならぬよう収めた。

4年後のフランスのグルノーブル冬季オリンピックで大ヒットした記録映画『白い恋人たち』は、『東京オリンピック』の影響もあったと想像でき、近い趣向だとわかります。その方向が必然性を持つ時代の流れではあれ、先行した日本の記念碑でした。

『東京オリンピック』の経済面では、コスト高でも良いものを生む気概でした。平成令和なら質を犠牲にしてコスト削減で貧困化促進ですが、当時はコストをかけて富裕化を進めました。2000ミリ超望遠レンズも調達し、3億円以上かけたとされます。

財政的に公金支出3億円は、円を追加発行して民間所得になります(当時IMFからドル借金あり)。時計メーカーやレンズメーカーに資金が回り、世界的な企業に育つ理想の展開でした。が、平成にシャウプ税制から新自由主義へ変えた財源論で、日本経済は一気に衰退しました。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?