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新型コロナウイルスのパンデミックは、世界各国のトップが力試しする公開競技の場になっています。自国の事情に合わせて着々と感染防止と経済対策を打つトップもいれば、後手後手で疫病を克服できないトップもいます。たとえばブラジルはあきらめて放置に転じました。

日本でも国会議員や内閣や政府のだめぶりに落胆して、ため息をついている人が増えています。まるでカルロス・ゴーン容疑者に国外脱走されたあの既視感のように、コロナウイルスに突破されてしまった。加えて補償のない自粛要請へのため息もあったでしょう。

しかし省庁の上に立つ国会議員にいくら世襲が増えていても、国民が選び更新できる方式になっています。だから議員のだめぶりを言う前に、選び損ねた国民の反省が必要なはずです。議員の品定めにしくじって、審査の採点を間違ったわけですから。

たとえば国会議員の誰が緊縮財政派で、誰が財政拡大派か、国民は採点したことがありません。国が出すお金は僕らが納めた税金だと妄想したが最後、コロナ対策は財源を守るために省略されて、どうしても人命は後回しになります。無意味な財源保護で日本経済は縮んでいます。

美術展覧会を見た時に「二枚の絵は中味が違う、これは創造的、あれは非創造的」と判別できないのと似ています。観衆たちが判別できないのをよいことに、ニセモノがのし上がってきます。ゴッホ議員は人知れず落選していたりします。

国会議員も選ばれる作品みたいなもので、観衆が理解できる範囲だけが舞台へ上がれます。議員は国民の身のたけに合ってしまい、国民のはるか上を行くタイプが選ばれることはないのです。見る人が解せる上限で、選ばれる上限が決まる現象は、議員でも作品でも同じです。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?