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クラシック音楽の人気は広がっています。しかしやはりどうしても生じてしまうのが、古典の古株作曲家からなかなか脱出できない問題です。コンサートがそうで、モーツァルトやベートーベンからなかなか出られていません。

19世紀の作曲家チャイコフスキーの曲というだけでも、むしろ新しい方に入るような感じがあるのです。実際のクラシックファンはもっと新しいソフトをコレクションしているものですが、コンサートとしてお客を集めるなら、限られた古典名曲に戻ってしまいます。

この現象はかつて、アメリカ称賛と日本批判の風潮の中で、時々出てきたものです。アメリカではまず、コンサートは指揮者とオーケストラの紹介だけです。曲目を目玉として宣伝しなかったという。お客は会場で初めて曲目を知り、現代音楽でも平気だという。

日本のお客は知っているなじみの曲を狙い、知らない曲を避けてコンサートを選ぶ行動です。演奏が誰かより、曲目が決定的に人を集めます。美術で印象派絵画展がダントツの人気で、モダンアートでは人が集まらない現象と似ている面があります。

これの解決は難しく、各曲それぞれのよさを教えて学ばせるのは、全く無意味とわかります。単に知る範囲を広げているだけで、知らない新作に対応できない点は変わりがないからです。

それは体験の少なさが原因か、それとも根本的に作品に対面する心がまえに色がついているのか。見解の収束はないようです。知っている範囲に愛着が片寄る限界は誰にもあるから、そこに挑戦することが現代芸術の目的みたいになってはいます。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?