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よくある言い方。「僕は凡人だから難しい芸術はわかりません」。この言い方の裏には、普通でない超越した世界が芸術だという見立てがあります。そんな面もあるのですが、作品の超越にはじき飛ばされたと自分で感じた人はまれです。

例によってゴッホ絵画で考えると、周囲も画壇も画商も「わけがわかんない」「ぶっ飛んでる」「僕はついて行けねえ」の反応ではなかったのです。「ゴッホとかいうやつの絵はどれだって」「あ、それがそう?、全然だめね」「へたすぎ」。「しょうもな」で終わっているのです。

「僕の理解を超えている」と、ぶっ飛んでなんかいません。むしろ反対に、ゴッホは話にならないと、当時見た人はしっかりと理解しているのです。「理解を超えていたゴッホ」の指摘は人々の実感と違う。周囲は理解した自分を体験しています。

ピカソのように大勢があぜんとした絵画でさえ、「難しくてわからん」の反応ではなく「狂っている」でした。鑑賞客は自分のふがいなさを実感はしません。理解力のない僕ではなく、変な画家と感じたまでの話です。「芸術は理解されない」という言い方は、何か違うのです。

全ての一部始終は、後世になって解明されるわけです。今になって昔を見返した感覚は、今現在に対しては全く応用できません。今出てきた新興作品を見る時に、やっぱり私たちは排撃して終わるのです。その排撃する人は、「芸術がわからない僕」を自覚はしません。

それを裏づけるように、日本でにぎわうのは古典美術です。もう終わって答が出た分野に人が集まります。現代美術で人を集めるには、特別な話題性が求められ、タレントのゲスト出演などに依存しがちです。結局はわかるかどうかは売れ行きに表れ、売れない国はわかっていない国であろうと想像できます。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?