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教育は洗脳と同じです。わずかな違いさえなく、完全に同じ。たとえばある世代以上の日本人は、聖徳太子という人物がいたと思っています。そう学校で教わったから。教科書で覚えたから。しかしこれとて、永遠の真理でもありません。

今日では聖徳太子は、天武天皇が厩戸王(うまやとおう)を付加価値で超人化した、架空の人物とされます。物語化された賢人である蓋然性が高いらしく。こうして昔の常識が後で変わることは多く、世代で常識が異なります。神隠しは昔は天狗。今は幼児性愛者による誘拐も多い。

日本史で縄文時代は狩猟採取で、弥生時代は稲作と習った国民が多いはず。ところが縄文時代が稲作文化だとはすでにわかっていて、荒々しい原始人のイメージは薄れています。新しい研究成果を知るか知らないかで、歴史認識は全く違うでしょう。

一方、社会科教科書の間違いで、税金を誤解した国民が多いそうです。著者は習っていないから「国税は財源ではなく、物価変動の防止が目的で集める」と聞けば、「そうでしょ、円は日本政府が増刷できるから、お金がない訴えは狂言でしょ」。しかしひとたび洗脳されると、理屈を受けつけないのが人間の悲しさ。カルト教団のケースと同じ。

学校の科目の中でも芸術系、美術、音楽、書道などは、なかなか教育になじまなかった過去があります。知的好奇心へ向かう以前に、高尚さが刷り込まれました。先生も生徒もアートを見上げる心構えが強いのは、業界の重鎮を賛美する教科書を目にした洗脳効果か。

音楽ではコンサート鑑賞やバンド演奏で、教科書の堅苦しさから出る共通目標がみられます。しかし美術だと、課外活動でもやっぱり高尚になる傾向に注目できます。音楽より美術の方がより堅苦しいのはなぜか、古くから首をかしげられてきた疑問です。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?