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「場合分け」は理解の壁です。著者はOA化時代に企業でパソコン利用を指導しました。当時よく受けた質問は「何をやれば正解か」でした。「常にこうやるべし」を相手は求めてくるのです。つまり丸暗記。ドットプリンターへの用紙セット方法とか。

ところが「その場合はああやって、逆の場合はこうやる」と対処が分岐すると、理解のハードルはぐんと上がります。「要するに何をすりゃいいの?」と、ワンパターンの指示を皆さん期待するから。2パターンだと理解が遠のき、訓練期間が延びます。説明することが増えます。

消費税もそうで、物が売れすぎる時は増税し、物が売れにくいなら減税しという、場合分けした対処が万人の理解の壁です。「上げるか下げるか永遠の正解はどっち?」と「正解は一個きり」へ人々の思考は走り、条件が逆なら逆を行うという臨機応変をかみ砕くのが難しい。

絵画鑑賞法でも、具象か抽象かで見方が異なる従来方式は散々でした。具象画なら「人が馬に乗っている絵でしょ」と見破り、絵がわかる人となる。でも抽象画なら誰が何をした絵か説明できず、「僕は絵がわかりません」「芸術なんて関係ありません」と縁切りになってしまう。

具象と抽象の中間的な絵画も多いから、分岐は際限なく複雑化します。従来のこの鑑賞法は難しい以前に、着眼がおかしいと著者は考え、歴史名作に共通する特徴「表現の裂け目」を新たな着眼点としました。馬だと見破ろうとしないで、裂け目を見るべきだと。

表現の裂け目の典型例は、希望と絶望の対立です。ひとつの絵に希望と絶望の両方の表現があり、割り切れない絵になります。「きれいな絵」「ちゃんとした絵」ではなく、不穏な絵になります。嫌いとも好きともいえる、謎めいた存在になります。実例は『モナリザ』。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?