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画家の岡本太郎と、文学か哲学の第一人者が抽象画家を語り合う本で、興味深い事態がありました。岡本は芸術の概念を、崇高な芸事の次元から引き離そうと言い方をこらします。対して文学者は、巧みなデッサンの芸を崇高に神扱いします。

文学者は抽象美術がわからないから、本題の抽象画に言及できず、写実画に心酔した話に終始します。二人は和気あいあいにみえて完全にすれ違い、岡本がいくら切り口を変えて芸術の意味を言い換えても、超有名インテリが最後まで理解しない、異様な対談の記録でした。

岡本太郎の忍耐より、芸術本も書いた文化勲章級知識人の抽象作品苦手ぶりに、悲愴すら感じました。話は変わって差別問題です。今の世界中で悲愴なすれ違いは、国の法治が人種差別と混線する理解の壁です。

よくある論争はこうです。「異文化の人たちを一定割合以上入れて定住させると、国が不安定になるのではないか」。それへの反論は「あなたはレイシストであり、その人種差別主義に私は断固反対する」。もはや耳タコなこのすれ違いが、世界で延々と続いていますよね。

国境をまたいで民族を移動させるとおいしい立場は、ひとつは仕手戦で儲ける株主であり、ひとつは入出国の手配で儲ける人材仲介業者です。両者からお金をもらうジャーナルもそう。移民難民が札束を生むマネーゲームでは、「差別」の語は印象操作に用いる人格攻撃の道具です。

変な比較ですが、芸術などより難解であろう社会問題の、多層構造をわかって対処できる者が、世界にどの程度いるのか。それを示すように、世界中で「この人もヒットラーだ」とレッテルの貼り合いです。そこを潜在的ナチスファンが、親衛隊ファッションで斜め横断する図。
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Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?