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Category三大画家vsダダ運動 1/1

集合体恐怖症、トライポフォビアふうの現代アート

著者の個人的な制作流儀の話を少しだけ。たとえばCG画に、同じ形状をいくつも並べた部分があります。しかし並べる個数は少なくしています。同じ部品をあまり多く繰り返しません。理由は、絵がダダ運動タイプにならないようにするためです。「フジツボが怖い」と女性から聞いたことがあります。「フジツボは鋭くてケガしやすいけど毒はない」などと言ったら、「そうではなくて、びっしり並んだ状態が気持ち悪い」。そこで後日浜辺...

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表現の不自由展はダダ運動タイプの反芸術なので

『あいちトリエンナーレ(3年ごとの定期展)』の『表現の不自由展』の論争で、ある性質に気づいた方がいるでしょう。批判と擁護の主張がぶつかることなく、常に次元が食い違い続けている不思議です。アンチ民族プロパガンダに対し文句を言えば、「不当な取り締まりだ」「自由の束縛だ」「差別だ」と際限なく突かれ、この圧力は何なのかと疑問がわくでしょう。1995年の地下鉄サリンより以前の、「憲法が保証する信仰の自由を守...

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「アートが身近な街」を目指しても変化がないのはなぜ

美術展覧会の展示物は、世界的に現代美術です。欧米に限らずアジアでも、出し物は現代アートが普通。その美術展が普通に開かれて、人々が普通に見て買えば、アートが身近な街が実現しているのです。それだけのことが、しかし日本では死ぬほど難しい。日本で開催すると「美術展」「アート祭」とは呼ばず、「現代美術展」「現代アート祭」と呼びますよね。「現代」と断る。正規と非正規の差みたいに、現代モノを区別するのが日本。こ...

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パワーポイント的な見せ方が見せ場の現代アート?

1995年にWindows95が発売された時、オフィス95というアプリスイートも発売されました。そのパッケージの気になるソフトがパワーポイントでした。プレゼンテーションソフトという、日本にとっては目新しいジャンルでした。企業で使う会議用資料は、従来はプレゼンボードという大型パネルに紙を貼り込んで立てかけるか、または部屋を暗くしてスライド映写機や、オーバーヘッドプロジェクターで壁に映したものです。パ...

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びっくりする音楽でお客を驚かせたプロコフィエフ

1953年没の作曲家プロコフィエフは、『ピーターとオオカミ』が小学校の音楽鑑賞で知られます。作風には顕著な特徴があり、メロディーとハーモニーの関係がねじれるように動きながら、劇的に展開します。らせん階段みたいに。『ピーターとオオカミ』のピーターのテーマ自体がそうで、明朗なメロディーのバックを押さえた和音が意外な方向へ転んでいき、光景が次々ひっくり返りながら開けるドラマ性です。そのプロコフィエフが生...

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アートは自由というスローガンがまねく芸術性の低下

現代美術は好き勝手やり放題だとして、制作側も鑑賞側も不安になり、または逆に感化されてハイに浮き足立つ光景があります。わけのわからない奇妙な表現物に、翻弄される被害の声が多くあって。たとえば市販のキャンバスをバキッ、ビリビリと二つに割り、「絵画を破壊しました」「破壊的創造です」式がダダ運動タイプ。こうしたトンチ表現が集中した時代に私たちは居合わせ、しかもそうした自由表現を認めよと、同意させるリベラル...

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わからない現代アートに消えて欲しい切なる願い

現代アートは消えろという、真剣な主張を見たことがあります。20世紀以降の美術を、世の中から全部なくしたいと、切なる願いを込めた長文でした。現代アートはわからんと感じる、サイレントマジョリティー(声なき多数派)の本音なのでしょうか。指摘された現代美術の大罪は、「自由はもうたくさん」。近ごろのアートは、自由すぎておかしくなった。自由に振る舞いすぎて大混乱して、理解しがたい作品の山。もう堪忍袋の緒が切れ...

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日本で絵の値段が高いのもアートが特殊化した表れ

日本で絵画を買うと、欧米より高いのが普通です。ざっと2~4倍の価格。ぼったくりではなく、需要の細さによる自由主義経済の必然です。あまり数が売れない地では、一個が高くなる理屈。ちなみにデパートだと、ギャラリーのさらに2倍説があります。美術が一般化している国と、特殊化している国の違いは、値段にも表れます。しかも画材や額縁やプリント料も同様で、日本のアート関連物価は高い。日本で絵を買おうと思い立っても、...

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現代アートの主流に今なっている作品は、どちらのタイプ?

ホームセンターで買った砂利を展示して、既成の概念を超えたと訴え、釣られた美術館に数千万円で納入するアートビジネスモデルが流行りました。日本に限らない話。「暗闇の展示室で客に何かが起きたら、それが僕のアート表現です」という方法論もその類例です。現代アートはその手のとんちばかりだと、軽蔑する人もいるでしょう。あれで現代アートが嫌いになった人たち。しかし今も新作の中心は、とんちではなく物づくりです。キャ...

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ブラックボックス展批判とアート無罪批判が失敗する理由

キーワードは、「ブラックボックス展」「アート無罪」「自由主義」。ブラックボックス展とは、真っ暗な密室のお化け屋敷型イベント。中で起きた出来事がアートだという主張です。女性客が暗い室内に入ると、中で男性らしきに体に触られるなどした事件だそう。オピニオンリーダーたちはブラックボックス展を批判し、アートなら何をやっても許される「アート無罪」も批判しました。しかし批判論は、ほとんどが不発。その原因は、表現...

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芸術の話題が必ず難しい話になるのはなぜか

このブログは、難しいと感じる方が多いかも知れず。意味がよくわからない回もあったことでしょう。それは説明のし損ねも含めて、芸術分野に難題が多い反映もあったでしょう。厳密度もそうで、円周率は3より3.14と詳しくした方が難しいこともあり。その昔、現代美術展へ行った人から、「全然わからなかった」と不満を耳に入れました。どうリアクションすべきか迷いました。一口で答えられなかったから。その人をかばえばよいの...

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三大画家タイプとダダ運動タイプの違いは自由度の高さなのか

現代美術への批判で多い言い方が、「自由過ぎるのはよくない」です。「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」だとして。要は「程度の問題」です。控えめな自由は好ましく、行き過ぎた自由は好ましくない意味。自由過ぎた作品で美術界が荒れて、庶民と切れてしまったのだと。そうならば、ピカソの抽象画は自由過ぎてまずかったと言いたげです。ピカソがもう少し不自由で型にはまった絵にとどめていたら、現代アートのわけわからん状態...

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現代アートが新興宗教みたいに言われないために

現代アートを普及させる活動が国内にいくらかあります。制作ではなく紹介する役目。こちらの味方になる親しさも感じますが、何に苦心しているかで「うーんちょっと」となる点があります。それは、現代アートを愛護している点です。現代アートは良品の前提。現代アートの良さをわかってもらう意識で、もっともっと多く広く市民に紹介して、大勢に触れてもらって楽しんでもらう方向です。その際に演出される、善玉扱いの部分が引っか...

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世界のアートは大きく二種類に分かれるって?

「難しい、わからない、ちょっと」が普通になっている日本で、鑑賞者が悪いのか、それとも作者が悪いのかを、厳密に調べてみる人は少ないようです。「わからない」の内訳があいまいにされている一面です。ネットに並ぶ「美術がわからない」についての記事は、互いの攻防にもなっています。見る側は「何が描かれているかわからない」という不満の大合唱で、逆の側は「こう見たらわかる」と未熟者を指導や調教する書き方になっていま...

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ボードリヤール『芸術の陰謀-消費社会と現代アート』の卓見と穴

フランスの思想家ボードリヤールの『芸術の陰謀-消費社会と現代アート』は、多くのアーティストが共感したのかと思えば、逆みたいです。世界の美術家はあのエッセーに反発しており、不評の論文のようです。論文のとおりだと、売れている美術家は陰謀でかせぐ立場で、売れない美術家は陰謀成立を目指す立場です。全ての画家や彫刻家は、陰謀の渦中か手前にいるから不名誉な言われ方にもなります。そのことで、怒りを表明した有名美...

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