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芸術は難しい現代美術はわからない抽象絵画はちょっと・謎を理解する質問回答

美術がわからない原因を解き明かす世界初の試み。作品の意味とは?。価値とは?。画家は何を考えているのか。誰がアートをわからなくした?。ネットの理解法は正解か?。一番役立つ情報は何か?。芸術は人間に必要?。現代アートとは何?。人類の文化に何が起きている?。高度情報化ハイテク文明と芸術の関係は?。

法人税のひどい誤解を著名人も広めていたとは

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
国民の99パーセントが完全に誤解しているのがお金(貨幣、マネー)の機能で、96パーセント程度は消費税を全く誤解。では法人税の誤解はどうか。少し前に法人税の説明を完全に間違った動画が人気でした。読者の「理解できました」という声が怖い。それ誤解だから。

皆さんも払う所得税と、縁のない法人税。二つはかなり違います。簡単に言えば、所得税では家族が食べるケーキ代は経費計上できないのに、法人税では社員が食べるケーキ代は経費となるのです。法人税は負担がとても小さく、企業の痛みになるわけがない。

家庭では、所得税をとられた残りの生活費でケーキを買います。ところが企業では、ケーキを買った余剰金に法人税がかかります。違いがわかりますか。法人税は、企業活動に要した経費を何もかも払った、最後の最後の最後の最後に余った純利益にかかるからです。だから次の指摘は全く間違いです。

「法人税を払うために社員の給料を減らすはめになる」「法人税が上がると小さい社屋へ引っ越すはめに」「シャープペンやカッターも社員の自腹で買うはめに」「商品価格を上げるはめに」「使えるお金が少なくなる」。全部ウソ。所得税とごっちゃにした勘違いです。

企業の出費はビジネス経費になり、社員給料、家賃、文具、雑誌、家電製品、お菓子に多く払うほど、法人税は0に近づきます。家庭にたとえると、車や冷蔵庫や美術画集を買うと所得税が下がる感じ。経済産業省のアンケートで、外国へ脱出する理由に法人税を選んだ回答がわずか9パーセントでもいたのは、知らない企業人がそれだけいたから。

法人税もまた芸術の誤解釈と似ています。ウソを広めて国を危うくする隠れ悪役は、発言権のある超有名人たちです。消費税を廃止したら財源はあるのかと、勘違いしている層。通貨発行権がわかれば財源の心配が頭に浮かぶわけがない。結論。度を超えた不勉強は妄想の肥やし。

→国家財政の調整法入門の本格解説ページへ
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日本国内で小さな事故が目立ってきた原因も消費税?

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統計で増えたかは不明ですが、様々な事故のニュースをみると、もしかしてあれかなと思うフシがあるのです。作業者が点検で機械内部に入ると、外にいた誰かがスイッチを入れて、機械が作動した悲惨な死亡事故が続いています。ホラー映画みたい。

何かを壊す指示に従えば、壊すのはそれでなかったとか。書類を大量にコピーすると、別のページだったとか。出張で行ったら、違う日だったとか。職場でのこうした事故は、意思の疎通がないからですが、著者が思い当たるのは不況が生むブラック会話です。

デフレ不況で大勢の金回りが悪くなります。2019年10月1日零時に、国民の所得は110分の108に落ちました。増税による見かけのスタグフレーションで実質賃金低下です。下がる金額以上に人々は心的ダメージを受け、デフレ圧で出費削減が激しくなります。景気がよいのは、富裕国からの観光客たちだけ。

ふところが寒いと、人間関係もギスギスします。一人一人が傷心を取り返そうと、他人にきつく当たる。八つ当たりのいわゆるブラック現象です。ブラックの動機は、人権侵害する享楽や征服感と同じで、生物学的に言えばエサ不足が招いた共食いです。

たとえば会社で上司にたずねます。「明日の集合は16時でしたね?」「そうだよ午後4時ちょい前に来てね」。これはインフレ好況での会話です。デフレ不況だと答え方が変わります。「明日16時でしたね?」「君は先週の説明の時に、何を聞いてたの?」。

すると部下は、確認や念押しをの声かけをやめます。やがて毎日毎日、食い違いと行き違いの連続、連続、連続。そんな中小企業を見かけませんか。不仲で空回りする組織たち。「貧すれば鈍する」はマネー不足のデフレの格言です。美術業界にもないか確認や念押しを。
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ショップや商品のサクラレビューをどれだけ信じるか

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レストランや定食、ラーメン店など、全国の飲食店の情報サイトが人気です。ところが公正取引委員会が調査するそうです。きっかけはサイト側にお金を払った料理店は採点が上がり、払うのをやめると下がる苦情があったから。恐喝かも知れない疑いです。

また「この店はまずい」とやぶから棒に書かれた店が、契約もない掲載を外してもらおうとしても、外さないという。これでは、デマを広めて他店を倒産に追い込めてしまうわけで、風評テロの温床になるとしても苦情があるのです。アメリカ大統領選挙のフェイク競争と同じ。

似た話は最近、NHKラジオでも伝えました。ネット通販店の口コミやレビューです。サクラを動員して星五つを山と投稿したり、ライバル店に星一つの批判レビューを連投して、業績悪化させる不正が盛んだという報道でした。買わなくても投稿できる通販大手もあったし。

実は著者に、そのサクラ役の仕事が時々来るのです。手口はこうです。この製品をあげるという話で始まります。関心ありにYESと返すと、レビューを書いて欲しいとの条件が追加されます。「製品を使ってから書きます」と返事すると、あなたは失格だと通知が来ました。作り話の使用感想を書く仕事の依頼なのです。

後の手口は、まずサクラが製品購入します。作り話のレビューを投稿すると、不良品扱いで返金されます。しかし製品は返さないで、開封せずにオークションに流して換金する段取りです。デフレ不況ニッポンで、詐欺で食いつなぐ国民が激増した闇社会の定着といえるでしょう。売春で食いつなぐケースと似通ったパターンです。

「僕は製品レビューを話半分に受け取るから関係ない」と、情報強者は自慢します。でも、半分もだまされているなら大きい。だまされていない自信が強いほど、より完ぺきにだまされた状態なのかも。風評に染められない賢人が、世に存在し得ないほどの情報化時代です。
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環境大臣のセクシー気候変動発言とメタファー

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メタファーの語はデザインの分野で割とよく使われます。日本語で暗喩(あんゆ)と言えば難しいイメージですが、メタファーのわかりやすい例は、あの下ネタです。電気や電子関係の配線をつなぐ接続プラグ。

多くのコネクター類でオスとメスと呼びます。USBケーブルは両端がオスとオスが接続用で、オスとメスは延長用です。他のどんな言い方に変えるよりも意味が確実に伝わり、ミスや事故が防げます。操作も押すと召す。

国連の国際会議で、日本の環境大臣が「気候変動のような大きな問題は楽しくクールでセクシーに取り組むべき」と言い、世界で「何それ」の反応になりました。日本では怒った人が多く炎上状態でした。

セクシュアルな何かで、頭がいっぱいになっている個人的な事情かと思いきや、国連気候変動枠組条約機構の前事務局長が「セクシー」の語を連発していた、その反復引用が真相だそうで。直前に気に入った彼女の言葉を、すぐに使ってみたらしく。

英語圏でのセクシーはクールと似て「いかすじゃん」の意味に広がっているそうで、このスラングに乗じた環境大臣の発言でした。しかし多くの人が、何とか意味がつながるように一度は解釈に頭をひねった、これがメタファーの効用です。メタファーは連想ごっこに広がりやすい。

メタファーのブームは1970年代のポストモダン運動で、デザインモチーフの手がかりとして、意味表現から記号論へ広がりました。記号論とは、セクシーの語が入るだけで連想がなだれ込む、一発ヒントの効力です。連想するものが日本国内の方がよりセクシー方向となり、それで日本の反応はクールよりもホット気味でした。
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ユニクロ会長と重鎮タレントが放置されたのはなぜ

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芸能界のベテランや重鎮が、テレビやラジオのキャスターとして、孤立している様子がしばしばみられます。ラジオ番組でよく聞くのはこれ。「マイケル・ジャクソンがプリンスをフューチャーした曲」「あれは次の作品のシュミレーションだった」。

若手は正しく言っているのに、大物に限って間違いが直らず、何週か後でまた言っている。「先輩、フューチャーは未来です。前面に目立たせる意味ならフィーチャーです」「先生、シュミレーションじゃなくて、シミュレーションじゃないですか」。

なぜ誰も指摘してやらないのか。たぶん、時間がたてば不利益になるかも知れない心配でしょう。他人の誤りを正すのは、先輩が後輩に対してならできても、下がやると角が立つ。だから上は放置されます。

最近ユニクロの会長が、驚くべき意見を語りました。「国の歳費(年間予算)を半分に減らさないと、30年間落ちた日本はおしまいだ」。これは体重29キロに落ちた大人へ「カロリーを半分に減らさないと死ぬぞ」と言う警告と同じ。死が近いのは確かでも、解決策は180度逆。この誤解どおりに逆走した日本の30年でした。

予算が小さい種目ほど、五輪で弱いのと同じ。強くするなら予算を減らすのでなく増やす。30年間落ち込んだ原因は、貨幣プリンターを使い惜しむ特殊な宗教です。その正体は、基礎的財政収支均衡。国民資産を減らす新自由主義経済の宗派です。財界向けに人件費カットが主目的。

日本企業が低調なのは、客が人件費カットされて貧困だから。で、高級ファッションが落ちてユニクロが伸びたわけ。解決は政府が歳費を増やして徴税を減らし、差分の貨幣新造を巨額にすれば、貨幣量が増え商品が売れ出す。だがこの仕組みを後輩も知らず、なので指摘も不可能。
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井上陽水『傘がない』の歌詞はそういう意味なの?

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井上陽水のファーストアルバムの曲『傘がない』は、歌詞を誤解釈した人が多かった疑いがあります。「都会で若者の自殺が増えて新聞で報道されるが、僕の最大関心事は今日の雨であり、君の家へ行こうにも差す傘がない」という内容。

知られた曲ですが、この歌詞を批判する意見を読んだことがあります。「社会問題そっちのけで、一人の小さな恋愛感情を最優先し、自己中心に生きている新感覚の宣言である」「自分大好きを高らかに歌う、勝手気ままな若者たちのシンボル」「よくない風潮だ」。

違うでしょ?。当時も驚きました。この程度の歌詞がわからないとは。法律みたいに活字を追いかけた硬い感覚。かくも創造が通用しないのかと暗い気持ちになりました。フォークソングや歌謡曲やJポップが芸術的かは賛否もあるとして、この歌詞は芸術に多い反語表現です。

歌詞の本意は「社会を見よう」です。傘がないけど行かなくちゃと言いながら、若者の自殺が増えている件が主題です。自殺だけの歌も、雨具がないだけの歌も、ありきたりで芸術性が低い。両者を対比させた落差で、社会問題を若者と共有する意図です。反語表現を使って。

男女とも、高校以降には詩的な感覚が鋭敏になります。その層へ向けた自殺の問題提起です。学生運動時代の直後だから、プロテストソング風を消してラブソングにしたわけで。「自分中心に生きるべし」と若者に呼びかけてはいない。そもそも、自殺者と傘がない者は同世代です。

この手の解釈ミスは現代美術にも多く、ガラクタ収集作品に「ゴミをきれいと感じる美的センスはいかがなものか」などの批判がありました。違うでしょ?。美術の堅苦しさを壊すショック療法です。高尚な天上のアートを下界に降ろす意図で、殿堂にゴミをぶちまけた反語表現です。
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中国の経済破綻説は日本の経済破綻説と何が違う

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ネットニュースには、中華人民共和国の経済が近く破綻する記事がよく出ています。いったい何年そう言われてきたのか、いまだ破綻せず続いています。破綻という語はバズワード(定義があいまいな語)ですが、債務不履行を指します。借金が返済できないデフォルトの意味。

たとえば「ギリシャが破綻した」という、ギリシャショックは何が焦点だったか。EU加盟国は、死刑制度の廃止などの参加条件がいくつもあり、統一通貨加盟もそのひとつ。各国は自国通貨を廃止して、欧州中央銀行が発行するユーロを通貨とするルールです。

EU国内のギリシャ県というべき存在となり、ドイツ都、フランス府、スロベニア県と並びます。公務員が多すぎるギリシャは加盟時に粉飾決算していた欠格が発覚し、立て直すためにドイツからユーロを借りて、返せず破綻しました。日本でいえば夕張市が近いような。

ギリシャショックとは、ユーロ国に通貨発行権がない欠陥を知ったEUのショックなのです。自国でお金を生めない経済属国にすぎず、金欠に陥る可能性をゼロにできません。ギリシャに続きフランスやイタリアが金欠になる将来不安が、ギリシャショックの正体です。

ギリシャと違いイギリスや日本は自国通貨を発行でき、国の金欠が原理的に絶対に起きません。日本はデフレ時に減税せずに増税して22年間コケているだけ。では中国経済の破綻は、どういうコケ方か。各種デリバティブやジャンク債など、賭博金融バブル崩壊が言われます。リーマンショックと同質。

バブル後も経済成長した日本は、1997年の消費税増税でデフレ不況へと暗転。一方中国首脳は経済を理解し大型減税と人民元の大増刷で、日本が届かない月着陸やスマホ通信5Gで世界をリード。お金を宝とみて縮んだ日本と逆に、中国は投げ銭とみて生産力を高め破綻を回避。
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消費税上げ下げの場合分けと、芸術の表現の裂け目

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「場合分け」は理解の壁です。著者はOA化時代に企業でパソコン利用を指導しました。当時よく受けた質問は「何をやれば正解か」でした。「常にこうやるべし」を相手は求めてくるのです。つまり丸暗記。ドットプリンターへの用紙セット方法とか。

ところが「その場合はああやって、逆の場合はこうやる」と対処が分岐すると、理解のハードルはぐんと上がります。「要するに何をすりゃいいの?」と、ワンパターンの指示を皆さん期待するから。2パターンだと理解が遠のき、訓練期間が延びます。説明することが増えます。

消費税もそうで、物が売れすぎる時は増税し、物が売れにくいなら減税しという、場合分けした対処が万人の理解の壁です。「上げるか下げるか永遠の正解はどっち?」と「正解は一個きり」へ人々の思考は走り、条件が逆なら逆を行うという臨機応変をかみ砕くのが難しい。

絵画鑑賞法でも、具象か抽象かで見方が異なる従来方式は散々でした。具象画なら「人が馬に乗っている絵でしょ」と見破り、絵がわかる人となる。でも抽象画なら誰が何をした絵か説明できず、「僕は絵がわかりません」「芸術なんて関係ありません」と縁切りになってしまう。

具象と抽象の中間的な絵画も多いから、分岐は際限なく複雑化します。従来のこの鑑賞法は難しい以前に、着眼がおかしいと著者は考え、歴史名作に共通する特徴「表現の裂け目」を新たな着眼点としました。馬だと見破ろうとしないで、裂け目を見るべきだと。

表現の裂け目の典型例は、希望と絶望の対立です。ひとつの絵に希望と絶望の両方の表現があり、割り切れない絵になります。「きれいな絵」「ちゃんとした絵」ではなく、不穏な絵になります。嫌いとも好きともいえる、謎めいた存在になります。実例は『モナリザ』。
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芸術力の成長と経済力の成長はどこで止めるべきか

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芸術家は前作に満足せずに、次作で一歩でも進んだ作品を作ろうとするものです。見方を換えると、前作に幻滅してさらに一歩進もうとする者を、真に芸術家と呼ぶのだともいえます。大ざっぱな話。

「普通の画家たちも皆そうなのかな」と思われるかも知れません。ところが意外に少ないのです。一貫したこの原理で人生を駆け抜けたのは、意外にもゴッホとピカソが筆頭です。大半の画家は、むしろ途中でゆるんで手抜きの作風に流れています。

ゆるんだ典型がダリで、早い段でセルフパロディー化しています。ピカソの相棒ブラックや、シュールレアリスムのキリコは最も息切れが言われました。「なぜ凡作に変わったのか?」。ミロは一見マイルド化しているようで、ピカソに近かったのですが。

実はこれが、国家経済と似ているのです。国内でよく聞く次の言い方。「日本はもう十分成長して成熟して完成した国だから、この先の成長は南米やアフリカ国にまかせて、日本国内ではできるだけお金を使わずに節約して、のんびり暮らせる小さい国に変えようよ」。

その節約で原発が爆発したり、スマホ通信規格5Gで指をくわえる立場へ落ちたわけで。5G製品を世界に売る近隣国は、降りた日本の技術を吸い取り、伸びた経済力を使い日本叩きしているわけで。30年で他国は成長し、日本だけ取り残された自覚も必要かも。

同じように、前によい絵が描けたからと安心したら、相対的に墜落していくでしょう。もう十分すぎるほど成長したよと、高い自己評価でガタガタに崩れた国力と似ています。国内生産できない商品の種類数が多いほど、子孫へのツケが大きいのです。
→【アートの本格解説】消費税と芸術はどちらが簡単な話か
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感動したから芸術なのだという保証は何もない

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感動の大きさを本物に出会えた根拠としても、真理の証明にはならないものです。背中がゾワッと寒くなった自身の体験で、幽霊が確かにいると裏づける確信と似て、言った者勝ち程度の有効性でしょう。この類例は雨男や血液型性格占いなど、オカルト系が多いみたいな。

日本で最近増えた無差別テロで、容疑者が語る決まり文句があります。「できるだけ多く殺したかった、誰でもよかった」。これ実は元祖がいて、信仰の対象になっています。小学校に侵入してナイフで児童を襲撃した、2001年の大阪の事件に実はファンが多いのです。

公立ではなく私立の名門小学校だったから、恵まれない生い立ちを自覚する一部が、犯人の思い切った行動に強く感動しました。2005年頃のネットに、その感動的な思いを切々と語る者がずいぶんいたのです。「僕らの側に立ってくれる男に心動かされた」という声の数々。

テロも武勇伝として心の底から感動する、その内訳は共感の心情です。同類の中では感動的でも、アンチには憎悪になるわけで。これは価値の相対性という現象で、美術鑑賞ではこの相対性を心得れば一助となるでしょう。作品を好き嫌いで斬って終わるのではなくて。

「僕はテロを称賛する悪い人たちの気持ちは全く理解できません」と、よい子を演じても無駄です。負け組にも同等の自尊意識はあるわけで、生まれも自己責任と一蹴する冷淡な社会に対し、テロ事件に感動して後に続こうとするアングラ世界があります。感動は善悪を保証しない。

ところで感動対象も時代変化する例で、最近知ったのは映画『駅馬車』でした。名作が続出した1939年のモノクロ映画ですが、アメリカ原住民が白人に襲いかかる脚本の違和感で、今や感動できない映画に転じていました。新世代から凡作と言われているからびっくり。
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自動車のライトはハイビームが基本というフェイク情報

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自動車で夜走る時、正しいライトの照らし方はこうです。「普段は光軸を下げたロービームで走る。しかし田舎道などで、街灯がなくて遠くがよく見えず、対向車や対向歩行者がない場合のみハイビームに切り換えて走る。条件がひとつ消えればロービームに戻す」。

これだけの話なのに、ごちゃごちゃの議論になったのは、お上から次のお達しがあったからです。(1)道交法ではハイビームが基本である。(2)事故を起こした車のほぼ全てがロービームであった。(3)ハイビームなら行く手の人や物を早く発見できたはず。

(1)は机上の論であり、経済論のMMTを理解できない思考と同質です。それは条件つきなのに、条件を除外する詭弁術です。「商品が売れたら補充してね」と言われ、「補充分を並べるスペースがないだろ?」と反発するようなもの。「売れたら」の条件があるでしょと。

対向する車や歩行者や自転車があれば、眩惑を避けるためにロービームにするよう、『交通の教則』には正しく書いてあります。なので、日本全国の都市部ではロービームが基本であり、ハイビームは道交法違反や危険運転になるわけです。ハイビームこそ違法なのが現実。

現実と合わないルールを吹き込まれると、国民は分断されていきます。お上を信じて現実にそむく派と、現実を信じてお上にそむく派へと分裂します。それぞれの中でも、正解を知る人と知らない人に分かれ、合計4通りの常識が乱立して、全体がバラバラに崩壊します。

(2)は、全車ロービームなら事故車もロービームで当然です。「事故の被害者は皆が服を着ていた」みたいに、無事の人も服を着ていたなら統計的に無意味でしょう。奇妙なハイビーム説が出た原因は、言葉表現を練るコスト削減でしょう。これは緊縮財政の貧困ネタです。
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児童相談所が児童虐待に対応できない背景のひとつ

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児童相談所の職員が手をこまぬくうちに、親の虐待で子どもが死亡する報道が続きます。警察と連携する態勢があっても機能しなかった事件の数々。背景はデフレ不況で、子育てが負担にすぎる貧困化と、公務員削減や非正規化など緊縮財政も一因。衰退途上国化の表れです。

死者が出て初めて腰が上がるなどと、日本でよく指摘されてきたお役所仕事も一応あるでしょう。しかし国民性の反映もまた見落とせません。2000年に起きた高速バスのハイジャック、いわゆる西鉄バスジャック事件が参考になります。

人質の女性客がSAのトイレへ行って通報し、カチンときた犯人の少年が車内の別女性の首を包丁で刺したむごい事件でした。最後まで車内に残された女性客は考えました。「男性客だけ途中で降ろされたあの時、力を合わせてスキの多い犯人少年を何とかできたかも知れない」と。

一方の男性客はこう考えています。「少年の生け捕りは無理でも、撲殺や絞殺は可能かも。しかしそれだと犯人は僕になる」。通報を受けバスを取り囲んだ特殊部隊たちも、狙撃ライフルを手に似たことを考えたかも知れません。男性たちは手加減しました。自分が大事だった。

「今日午後、路線から外れた西鉄バスの車内で、男性と少年がもみ合いになり、殴られた少年が搬送先の病院で死亡しました」「男性は駆けつけた警察官に逮捕されました」「少年が刃物を所持していた情報もあります」。男性は留置され、主犯格として殺人容疑で取り調べられ、職場を解雇され離婚され路上生活へ。

過剰防衛の範囲が広い日本で、児童の虐待死を食い止めるのは無理で、現にできていません。児童相談所は犯罪の事前強硬阻止がご法度な日本で、やるだけのことはやっており、現に虐待を食い止めた成功ケースが多い。ただ法外な飛躍行動はアナーキーな芸術家には可能でも、善良な職員には無理。現にできていません。
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アナーキーとカオスの時代にアートに何ができるか

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最近話題に多いメキシコからアメリカへの不法移民。もぐり込んでアメリカ国民に成りすます。それを防ごうと、トランプ大統領が国境に壁を設ける話。奇妙な流れに気づいた方も多いでしょう。それは不法移民に肩入れする論の不自然な多さです。不法なのに。

移民ではなく不法移民です。不法。合法でなく違法。闇ブローカーなどが背後にある犯罪の話なのに、ニュース報道も含めてかばう論が多い。大麻解禁願望と異質な不法移民解禁願望。合法よりも不法が好きな現代人たち。しかもこれは日本に限らず、世界的な傾向です。不法万歳。

この心理状態をアナーキーと呼びます。日本語で無政府主義。中央政府のルールや管理を否定して、俺様ルールの正義を唱えるのがアナーキスト。僕の思いが上なんだと。ただし現実には孤立した立場であるより、群集心理で突出しやすいのですが。つまり流行中の情動です。

アナーキーの心理が世界に広がった分岐点は明白です。ソヴィエト連邦のゴルバチョフ書記長によるソ連の体制転向から、ベルリンの壁崩壊、そして東西冷戦終結による共産主義国の解体でした。国境を壊して自由勝手気ままに生きたい心理が突出した元年は、1989年でした。

規制をぶっこわし、既成のルールを葬れ。そのカッカした勢いは国際的な連帯です。日本のバブルを軟着陸させず撃沈へ向かわせ、価格破壊と企業倒産になぜか好感を持つ不思議な心理現象です。世のフィーリングがダダ運動タイプにシフトし、着陸なき離陸のブームです。ぶっ壊せのスローガンが快感の時代。

美術の歴史名作にはアナーキーな「ぶっ壊せ」タイプが多くあります。しかし現実社会がこうもアナーキー状態なら、絵や彫刻はお株を奪われます。世が『北斗の拳』状態に近づけば、アートに逆に慰安を求めるように、世界の情動が流れるかも知れません。
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問題を解決するために大事なのは解決法ではない

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名言は一人が放って広まるケースに限らず、関係ない同士の人が各地で単独で思いついた例も多いでしょう。ある真理を当てた名言のひとつがこれです。「何が問題なのかを知れば、もう解決している」。

実際には問題点がわかっても、解決策を打つには多少の時間がかかります。しかし逆に、いつまでも解決しない問題は、必ず問題が何なのかがつかめず迷走中か逆走中です。解決する時間の大半は、問題点を明らかにする時間になっていて。その現実を言い当てた名言です。

平成日本が傾き企業が倒れた原因は、1997年の消費税増税でした。若者層が貧困化して、少子化が急進しました。日用家電のサンヨー電機から始まる失業の連鎖。このデフレの解決法は、減税して世の無駄を増やすこと。ところが日本の不況は少子化が原因で起きたと、因果関係をひっくり返す勘違いが広まり、自滅の悪循環が今も続きます。

以前アフリカ国で、腹をこわした子どもが次々亡くなりました。体から水がどんどん排出されます。そこで親たちは、子どもに水を飲ませないようにしました。飲まなきゃ出ないから。この因果逆転の行動が日本にないのは、感染症と脱水症が問題だと国民が知っているから。

ところが日本でも1960年代に「運動中に水を飲んではいけない」が実行されました。感染症より脱水症の方が、問題の把握が遅れたからです。運動少年の急死という悲劇が、日本でも続きました。何が問題かがつかめないうちは事故が続き、解決が簡単すぎた典型例です。

AT車の暴走事故はもう少し深刻で、メーカー叩きと擁護の工作発言に引きずられ、誰も現象自体を把握できない迷信状態です。そこで著者はAT車のドライバーに何が起きているかを、脳神経の動作原理に沿ってもう一度詳しく説明し、解決法をネットに新たに出しました。ペダルの配置は全く無関係。後に出版されます。
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集合体恐怖症、トライポフォビアふうの現代アート

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集合体恐怖症


著者の個人的な制作流儀の話を少しだけ。たとえばCG画に、同じ形状をいくつも並べた部分があります。しかし並べる個数は少なくしています。同じ部品をあまり多く繰り返しません。理由は、絵がダダ運動タイプにならないようにするためです。

「フジツボが怖い」と女性から聞いたことがあります。「フジツボは鋭くてケガしやすいけど毒はない」などと言ったら、「そうではなくて、びっしり並んだ状態が気持ち悪い」。そこで後日浜辺で確かめて、岩にツブが並んだ様子に「なるほどこれか」と納得。

ネットにはいわゆるグロ画像が多くあります。悲惨な事故現場やホラー系以外に、「集合体恐怖症」を引き起こす画像です。トライポフォビアと呼ばれ、フォビアとはギリシャ語で恐怖の意味です。日本のネットでは「ハスコラ」という俗名で一部に知られます。

ハスの花が咲いた後の実は、アシナガバチの巣に形が似て、種子入りの穴が集合体恐怖ごっこの入門だそうで。集合体恐怖症が強い人は、気分だけでなく体調まで悪くなるらしいのです。起きる原因は、危険物警戒説と疫病連想説が言われ、研究途上だそうです。

それで、何かがびっしり並ぶ作品を著者はひかえています。芸術は感じ悪いものですが、生理的な嫌悪感は次元が別です。ジェットコースターのスリルの中に、ゴンドラが落下して死傷者が出るショッキングは含めないで、分けて考える。芸術がもたらす不安も同じで、精神的な不安と生理的な不安は別でしょう。

現代アートに羅列系は急増し、集合体恐怖症にもの言わせた表現もみられます。表現の自由と称して、芸術とは異なる次元の嫌悪や恐怖に話をずらす。それに対して反発が増えたら、今度は話を芸術に戻して創造が理解されない不自由を訴える。これもダダ運動タイプの流儀です。
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表現の不自由展はダダ運動タイプの反芸術なので

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『あいちトリエンナーレ(3年ごとの定期展)』の『表現の不自由展』の論争で、ある性質に気づいた方がいるでしょう。批判と擁護の主張が平行線で、常に次元が食い違い続ける不思議です。

アンチ民族プロパガンダに対し文句を言えば、「不当な取り締まりだ」「自由の束縛だ」「差別だ」と際限なく突かれ、この圧力は何なのかと疑問でしょう。1995年の地下鉄サリンより以前の、「憲法が保証する信仰の自由を守れ」「宗教弾圧反対」のテレビ論争とそっくり。

これが「アート無罪」です。まず現代アートには2種類あります。著者の世界初の提言で、20世紀以降のアートに限り「三大画家タイプ」と「ダダ運動タイプ」の2種類があります。前者はピカソらの奇抜な造形で、後者はピカソの特徴に引っかけた奇抜なトンチです。

後者はこういう作品です。彫刻展が開かれたとします。お客が行くと、なぜか展示室は空っぽ。「あぜんとしたお客の表情がアートなのです」という主張です。ピカソよりぶっ飛んでいるでしょ、と。このタイプは今も国内現代アートの主流かも知れず。『便器』『流しそうめん大会』『占い』『ブラックボックス展』。全て自称アート。

芸術の本質は、既成の概念を壊して表現の自由を広げること。挑戦する次元が2種類あり、造形に挑戦したのがピカソ。対して造形以外に挑戦したのがダダ運動タイプです。造形の外へ出た動機は、造形をピカソが制覇したからです。後輩は番を張るため、場外乱闘へ向かった。

『表現の不自由展』はダダ運動タイプであり、挑発的だからと規制すると、ピカソやダリも規制されます。「アート無罪」と「表現の自由」は同じものです。この話は現代アート最大の謎です。本書で切り口を変えながら、何編も費やしました。

抽象絵画

61 売れっ子美術家の絵はなぜショボいのか
62 ゴッホはなぜゴッホになったのか
63 美術と怪談、感覚異常がつくる世界
64 現代美術はイカサマの詐欺か (タイトルエディット)
65 ダダ運動タイプ、現代美術のちりとてちん
66 三大画家タイプ、現代美術の変人たち
67 子どもに芸術はわかるのか
68 ヘレン・ケラーと抽象彫刻の世界
69 日本人はなぜゴッホが好きなのか
70 画家の目は贋作を見破ることができるか
71 夢路いとし・喜味こいしの漫才と芸術
72 ゴッホの絵はなぜ認められなかったのか
73 ボサノヴァの影と、ゴッホ『ひまわり』の陰影
74 文明は源氏物語よりも長生きか
75 芸術の反対語とマルセル・デュシャン
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第二次世界大戦に日本が参戦した動力源は空気圧

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
ネットには質問サイトが多くあり、読者が匿名で質問して、別の読者が答える便利な場です。匿名なので、タブーの話題に踏み込める利点と同時に、虚偽情報を広める発信源にも使われます。問答が自演だとか。

その質問サイトの定番に、第二次世界大戦の太平洋戦争(大東亜戦争)はなぜ起きたかの質問があります。日本はなぜアメリカと戦争したか。原因はインドネシアの石油ですが、総合理解は本一冊が必要で、回答も長文になり、祖父母から聞いたミニ体験談にとどまるなども多い。

しかし多くの若い国民には、あの戦争の空気は今のこの感じかもねと、直感できる瞬間が日常にあるものです。あの時は狂っていたと言うが、78年後の今も戦争と違う分野で狂った決断続きだろと。戦争に反対したのは日本軍の首脳で、賛成したのは新聞社の首脳だったことも、もう皆が忘れている今日。報道が破壊を先導する。

国の自滅はなぜ起きるか。日本国民は空気で動くと言ったのは出版社の山本七平で、後世によく聞く「空気を読め」という合言葉の同調圧力を早くから分析していました。空気を読む社会に異論の居場所は小さく、チェック機能もはたらかず同調圧力で一色に染まる。報道の空気。

国民がアンケートで「消費税増税は賛成でも反対でもなく皆に従う」と流れに身をまかせたのも空気でしょう。「減税は楽で増税は苦」「ならば苦を選ぶさ」「税から逃げるは非国民」「お国のために犠牲を払え」「僕は上を信じます」「欲しがりません勝つまでは」。

「消費縮小で大企業がつぶれて外資に買われたのに?」「消費税増税と法人税減税は同時なのに?」と突っ込んだとして。「逆境こそ戦時国民のあり方なのじゃ」ととりつく島がない。人口を減らしてまで何と戦っているのか。アートでやるような破壊を、マクロ経済でやっている。
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文系脳と理系脳と芸術系脳は考え方がどう違う

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
一昔前に新聞社などがよく行った、謎のアンケート質問がありました。「あなたは憲法9条を変えるべきだと思いますか」。これにどう答えればよいのでしょうか。質問の中味を置き換えると、その無意味さがわかります。「あなたは自分の月給の金額を変えたいですか」。

変えると言っても、金額を上げるか下げるかが不明では、はい、いいえの希望を答えられません。このような質問が出てくる思考を、俗に文系脳と呼び称します。そして、一般に文系脳を最も強くイメージさせるのはこの言い方です。「今年は昨年の2倍多い」。

昨年が10個で、その2倍多いとは合計が何個なのか。合計20個になる解釈が文系脳で、30個が理系脳ではないでしょうか。理系脳は数学的発想であり、増分が元の2倍だから合計して3倍と考えます。文系脳は、そんな理系脳の理屈っぽさに閉口し嫌います。

ところが文系と理系の違いは、実はその後の瞬間に顕著です。「2倍でも3倍でも同じでしょ」「伝えたいことはわかるでしょ」。世界を詩的にながめる文系脳と、物理的にながめる理系脳の対立です。中が入ったスプレー缶をどう捨てるかも、文系理系の差異が出そうな予感。

それなら文系脳と理系脳のどちらが、美術、芸術、アート類に理解力があるのか。これは互角と思われ、芸術系脳を別にイメージした方がよさそうです。美しいものを愛でるよりも、創造的な形態を愛でる脳のはたらきでしょう。芸術系脳は独立した第三の世界観です。

文系、理系と芸術系などの分類は、個人を色分けするためのものではなく、実は一人の中に同居する成分です。個人の脳はそういう切り替えに応じられ、混線しつつ思考の広がりがつくられます。美術制作でも美術鑑賞でも、そうした複雑な世界認識で広がりが生じています。
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事故物件の不動産で本気モードとなんちゃってモード

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怪談のシーズン。賃貸住宅に事故物件という分類があります。変死などが起きたレンタルルームを隠さず、借りるお客側に知らせる業界ルールです。家賃が割安だから狙い目で、住んでSNSで報告し、動画サイトでアクセスをかせげたりして。だから最近は人気物件だとか。

そこで不動産店側も事故物件をしぶしぶ申告するのでなく、室内をわざと薄気味悪く撮影したり、何かが起きそうな思わせぶりな説明をつけるなど、お客の好奇心を掘り起こすセールスが試みられています。

幽霊の信じ方は二重構造です。なんちゃってモードで信じ、本気モードで否定します。たとえば殺人事件で検察官、弁護士、裁判官、容疑者、被害者側、野次馬は、誰も幽霊犯人説を言いません。言いたくて黙るのではなく、全く信じていません。迷宮入りしても幽霊を犯人としない。真剣な場では幽霊は除外されます。

同様に賃貸住宅オーナーも仲介不動産店も、真剣なビジネスの場では、幽霊の存在を頭から否定します。自分がたたりで呪い殺される可能性はゼロと信じ切っており、それで物件紹介文に「出たらごめんね」なんて書きます。本気モードだと、幽霊をお笑い扱いで茶化します。

この二重構造は美術の理解でも起きると考えられます。「現代アートはわけわからない」の悩みと苦情が山とあるとしても、果たして本気か、なんちゃってか。なんちゃってモードでの反応は「わからん、理解できん、難しい」。

本気モードだと「形と色を見て感じるだけでしょ」「誰でもできるし」「それのどこが謎?」「生涯越えられないほど高いハードルなの?」。そのモード切り換えボタンはどこにあるのか。「脳内の抽象的なボタンです」と言えば、抽象はわからんからと再びもめそう。
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合成の誤謬という社会原理と現代アートの関係は

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
合成の誤謬(ごびゅう)は、生涯どこかで習う言葉です。一人にとっては正解でも、大勢が同時にやれば間違いになる現象です。合成の誤謬の代表は「節約」です。自分一人が節約してしばらく自粛し、お金がたまるまで待つ行動は適切です。ところが・・・

もしみんなで節約すれば、経済が縮小し企業倒産、社員は減給や失業。餓死と犯罪にテロなど社会荒廃と政情不安、内戦やクーデターが起き、共産主義革命も起きる。さらに他国と軍事衝突する。日本が攻めた例は1929年の大恐慌から12年のオアフ島、攻められた例は1997年のデフレ化から13年の尖閣諸島。

1930年代にドイツと日本が周辺国へ領地を広げたのは、個別事情プラス世界大恐慌の引きずりでした。直後の日本の昭和恐慌は、バブル後の平成不況と似ています。合成の誤謬の好例が長期不況と戦争に集まるのは、20世紀経済の用語だった由来もあるでしょう。

経済以外なら選挙のサプライズ当落もそうですが、浮かぶのはリボン。集会で主賓や来賓は、胸にピンクのリボンをつけます。もし会場にいる千人全員の胸にリボンをつければ、誰も目立たない。車やバイクの昼間ライト点灯も、全車がやれば交通安全効果が薄れる合成の誤謬か。

赤い服を着て目立つ作戦も、皆が着ると逆に埋没します。現代アートの展示で、皆が赤い服を着るがごとく派手系作品が集まると、逆に埋没します。アートの喧騒がシラケにつながるのは、合成の誤謬という対比効果喪失の面もあるのかも。作品一個ずつは悪くないのに。

皆が目立とうとして誰も目立たないリボンよりも、節約気分が好戦気分へ進む結末は強烈です。第二次世界大戦の説明は非常に長いから理解しがたいけれど、各国が価格破壊と経費削減に走って起きた合成の誤謬が根底にあったという、その理解が適切でしょう。
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