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芸術は難しい現代美術はわからない抽象絵画はちょっと・謎を理解する質問回答

美術がわからない原因を解き明かす世界初の試み。作品の意味とは?。価値とは?。画家は何を考えているのか。誰がアートをわからなくした?。ネットの理解法は正解か?。一番役立つ情報は何か?。芸術は人間に必要?。現代アートとは何?。人類の文化に何が起きている?。高度情報化ハイテク文明と芸術の関係は?。

ユニクロ会長と重鎮タレントが放置されたのはなぜ

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
芸能界のベテランや重鎮が、テレビやラジオのキャスターとして、孤立している様子がしばしばみられます。ラジオ番組でよく聞くのはこれ。「マイケル・ジャクソンがプリンスをフューチャーした曲」「あれは次の作品のシュミレーションだった」。

若手は正しく言っているのに、大物に限って間違いが直らず、何週か後でまた言っている。「先輩、フューチャーは未来です。前面に目立たせる意味ならフィーチャーです」「先生、シュミレーションじゃなくて、シミュレーションじゃないですか」。

なぜ誰も指摘してやらないのか。時間がたてば不利益になるかも知れない心配でしょう。他人の誤りを正すのは、先輩が後輩に対してならできても、下がやると角が立つ。だから上は放置されます。

最近ユニクロの会長が、驚くべき意見を語りました。「国の歳費(年間予算)を半分に減らさないと、30年間落ちた日本はおしまいだ」。これは体重29キロに落ちた大人へ「カロリーを半分に減らさないと死ぬぞ」と言う警告と同じ。死が近いのは確かでも、解決策は180度逆。この誤解どおりに逆走した日本の30年でした。

予算が小さい種目ほど、五輪で弱いのと同じ。強くしたいなら予算を増やす。30年間落ち込んだ原因は、貨幣プリンターを使い惜しむ特殊な宗教です。その正体は、基礎的財政収支均衡。国民資産を減らす新自由主義経済の宗派です。財界への忖度で人件費カットが主目的。

日本企業が低調なのは、客が人件費カットされて貧困だから。で、高級ファッションが落ちてユニクロが伸びたわけ。解決は政府が歳費を増やして徴税を減らし、差分の貨幣新造を巨額にすれば、貨幣量が増え商品が売れ出す。だがこの仕組みを後輩も知らず、だから指摘は不可能。
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井上陽水『傘がない』の歌詞はそういう意味なの?

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井上陽水のファーストアルバムの曲『傘がない』は、歌詞を誤解釈した人が多かった疑いがあります。「都会で若者の自殺が増えて新聞で報道されるが、僕の最大関心事は今日の雨であり、君の家へ行こうにも差す傘がない」という内容。

知られた曲ですが、この歌詞を批判する意見を読んだことがあります。「社会問題そっちのけで、一人の小さな恋愛感情を最優先し、自己中心に生きている新感覚の宣言である」「自分大好きを高らかに歌う、勝手気ままな若者たちのシンボル」「よくない風潮だ」。

違うでしょ?。当時も驚きました。この程度の歌詞がわからないとは。法律みたいに活字を追いかけた硬い感覚。かくも創造が通用しないのかと暗い気持ちになりました。フォークソングや歌謡曲やJポップが芸術的かは賛否もあるとして、この歌詞は芸術に多い反語表現です。

歌詞の本意は「社会を見よう」です。傘がないけど行かなくちゃと言いながら、若者の自殺が増えている件が主題です。自殺だけの歌も、雨具がないだけの歌も、ありきたりで芸術性が低い。両者を対比させた落差で、社会問題を若者と共有する意図です。反語表現を使って。

男女とも、高校以降には詩的な感覚が鋭敏になります。その層へ向けた自殺の問題提起です。学生運動時代の直後だから、プロテストソング風を消してラブソングにしたわけで。「自分中心に生きるべし」と若者に呼びかけてはいない。そもそも、自殺者と傘がない者は同世代です。

この手の解釈ミスは現代美術にも多く、ガラクタ収集作品に「ゴミをきれいと感じる美的センスはいかがなものか」などの批判がありました。違うでしょ?。美術の堅苦しさを壊すショック療法です。高尚な天上のアートを下界に降ろす意図で、殿堂にゴミをぶちまけた反語表現です。
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中国の経済破綻説は日本の経済破綻説と何が違う

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ネットニュースには、中華人民共和国の経済が近く破綻する記事がよく出ています。いったい何年そう言われてきたのか、いまだ破綻せず続いています。破綻という語はバズワード(定義があいまいな語)ですが、債務不履行を指します。借金が返済できないデフォルトの意味。

たとえば「ギリシャが破綻した」という、ギリシャショックは何が焦点だったか。EU加盟国は、死刑制度の廃止などの参加条件がいくつもあり、統一通貨加盟も利点とされます。各国は自国通貨を廃止して、欧州中央銀行が発行するユーロを通貨とするルールです。

EU国内のギリシャ県というべき存在となり、ドイツ都、フランス府、ハンガリー県と並びます。公務員が多すぎるギリシャは加盟時に粉飾決算していた欠格が発覚し、立て直すためにドイツからユーロを借りて、返せず破綻しました。日本でいえば夕張市が近いような。

ギリシャショックは、ギリシャがコケた失敗ではありません。インフレ率を規律として自国通貨で財政出動するはずが、通貨発行権がない失敗です。日本と違い自国でお金を刷れない経済属国は、金欠に陥る可能性をゼロにできません。ギリシャ同様にフランスやイタリアが金欠になる将来不安が、ギリシャショックの正体です。

ギリシャと違い日本やイギリスは自国通貨を発行できるから、国にお金がないという現象が原理的に絶対に起きません。日本はデフレ時に減税せずに、増税した逆走で22年間コケているだけの話。では中国経済の破綻は、どういうコケ方か。金融バブル崩壊が言われます。

各種デリバティブやジャンク債など、賭博的な負債のデフォルトです。リーマンショックと同質。バブル後も経済成長した日本は、1997年の消費税増税でデフレ不況になった。このミスに学んだ中国は減税して人民元で埋め、成果は月着陸やスマホ通信5Gで世界をリード。一方、成熟を誇る日本は5G作れますか。
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消費税上げ下げの場合分けと、芸術の表現の裂け目

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「場合分け」は理解の壁です。著者はOA化時代に企業でパソコン利用を指導しました。当時よく受けた質問は「何をやれば正解か」でした。「常にこうやるべし」を相手は求めてくるのです。つまり丸暗記。ドットプリンターへの用紙セット方法とか。

ところが「その場合はああやって、逆の場合はこうやる」と対処が分岐すると、理解のハードルはぐんと上がります。「要するに何をすりゃいいの?」と、ワンパターンの指示を皆さん期待するから。2パターンだと理解が遠のき、訓練期間が延びます。説明することが増えます。

消費税もそうで、物が売れすぎる時は増税し、物が売れにくいなら減税しという、場合分けした対処が万人の理解の壁です。「上げるか下げるか永遠の正解はどっち?」と「正解は一個きり」へ人々の思考は走り、条件が逆なら逆を行うという臨機応変をかみ砕くのが難しい。

絵画鑑賞法でも、具象か抽象かで見方が異なる従来方式は散々でした。具象画なら「人が馬に乗っている絵でしょ」と見破り、絵がわかる人となる。でも抽象画なら誰が何をした絵か説明できず、「僕は絵がわかりません」「芸術なんて関係ありません」と縁切りになってしまう。

具象と抽象の中間的な絵画も多いから、分岐は際限なく複雑化します。従来のこの鑑賞法は難しい以前に、着眼がおかしいと著者は考え、歴史名作に共通する特徴「表現の裂け目」を新たな着眼点としました。裂け目を見るべきで、馬と見破る理解のしかたを卒業すべきだと。

表現の裂け目の典型例は、希望と絶望の対立です。ひとつの絵に希望と絶望の両方の表現があり、割り切れない絵になります。「きれいな絵」「ちゃんとした絵」の安心感ではなく、不穏な絵です。嫌いとも好きともいえる、謎めいた存在になります。実例は『モナリザ』。
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芸術力の成長と経済力の成長はどこで止めるべきか

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芸術家は前作に満足せずに、次作で一歩でも進んだ作品を作ろうとするものです。見方を換えると、前作に幻滅してさらに一歩進もうとする者を、真に芸術家と呼ぶのだともいえます。大ざっぱな話。

「普通の画家たちも皆そうなのかな」と思われるかも知れません。ところが意外に少ないのです。一貫したこの原理で人生を駆け抜けたのは、意外にもゴッホとピカソが筆頭です。大半の画家は、むしろ途中でゆるんで手抜きの作風に流れています。

ゆるんだ典型がダリで、早い段でセルフパロディー化しています。ピカソの相棒ブラックや、シュールレアリスムのキリコは最も息切れが言われてきました。「なぜ凡作に変わったのか?」。ミロは一見マイルド化しているようで、ピカソに近かったのですが。

実はこれが、国家経済と似ているのです。国内でよく聞く次の言い方。「日本はもう十分成長して成熟して完成した国だから、この先の成長は南米やアフリカ国にまかせて、日本国内ではできるだけお金を使わずに節約して、のんびり暮らせる小さい国に変えようよ」。

その節約で原発が爆発したり、スマホ通信規格5Gで傍観する部外者に落ちたわけで。5G製品を世界に提供する立場の近隣国は、手を引いた日本の技術を吸い取り、伸びた経済力を使い日本叩きしているわけで。30年間に他国は成長し、日本のみ取り残された自覚も必要です。

同じように、前によい絵が描けたからと安心したら、相対的に墜落していくでしょう。もう十分すぎるほど成長したよと、自己評価を高くしたとたんにガタガタに崩れてしまった国の維持と似ています。子孫に楽園を残すと言いながら、廃墟と死を残す残念な状態。
→【アートの本格解説】消費税と芸術はどちらが難しいのか
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感動したから芸術なのだという保証は何もない

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感動の大きさを本物に出会えた根拠としても、真理の証明にはならないものです。背中がゾワッと寒くなった自身の体験で、幽霊が確かにいると裏づける確信と似て、言った者勝ち程度の有効性でしょう。この類例は雨男や血液型性格占いなど、オカルト系が多いみたいな。

日本で最近増えた無差別テロで、容疑者が語る決まり文句があります。「できるだけ多く殺したかった、誰でもよかった」。これ実は元祖がいて、信仰の対象になっています。小学校に侵入してナイフで児童を襲撃した、2001年の大阪の事件に実はファンが多いのです。

公立ではなく私立の名門小学校だったから、恵まれない生い立ちを自覚する一部が、犯人の思い切った行動に強く感動しました。2005年頃のネットに、その感動的な思いを切々と語る者がずいぶんいたのです。「僕らの側に立ってくれる男に心動かされた」という声の数々。

テロも武勇伝として心の底から感動する、その内訳は共感の心情です。同類の中では感動的でも、アンチには憎悪になるわけで。これは価値の相対性という現象で、美術鑑賞ではこの相対性を心得れば一助となるでしょう。作品を好き嫌いで斬って終わるのではなくて。

「僕はテロを称賛する悪い人たちの気持ちは全く理解できません」と、よい子を演じても無駄です。負け組にも同等の自尊意識はあるわけで、生まれも自己責任と一蹴する冷淡な社会に対し、テロ事件に感動して後に続こうとするアングラ世界があります。感動は善悪を保証しない。

ところで感動対象も時代変化する例で、最近知ったのは映画『駅馬車』でした。名作が続出した1939年のモノクロ映画ですが、アメリカ原住民が白人に襲いかかる脚本の違和感で、今や感動できない映画に転じていました。新世代から凡作と言われているからびっくり。
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自動車のライトはハイビームが基本というフェイク情報

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自動車で夜走る時、正しいライトの照らし方はこうです。「普段は光軸を下げたロービームで走る。しかし田舎道などで、街灯がなくて遠くがよく見えず、対向車や対向歩行者がない場合のみハイビームに切り換えて走る。条件がひとつ消えればロービームに戻す」。

これだけの話なのに、ごちゃごちゃの議論になったのは、お上から次のお達しがあったからです。(1)道交法ではハイビームが基本である。(2)事故を起こした車のほぼ全てがロービームであった。(3)ハイビームなら行く手の人や物を早く発見できたはず。

(1)は机上の論であり、経済論のMMTを理解できない思考と同質です。それは条件つきなのに、条件を除外する詭弁術です。「商品が売れたら補充してね」と言われ、「補充分を並べるスペースがないだろ?」と反発するようなもの。「売れたら」の条件があるでしょと。

対向する車や歩行者や自転車があれば、眩惑を避けるためにロービームにするよう、『交通の教則』には正しく書いてあります。なので、日本全国の都市部ではロービームが基本であり、ハイビームは道交法違反や危険運転になるわけです。ハイビームこそ違法なのが現実。

現実と合わないルールを吹き込まれると、国民は分断されていきます。お上を信じて現実にそむく派と、現実を信じてお上にそむく派へと分裂します。それぞれの中でも、正解を知る人と知らない人に分かれ、合計4通りの常識が乱立して、全体がバラバラに崩壊します。

(2)は、全車ロービームなら事故車もロービームで当然です。「事故の被害者は皆が服を着ていた」みたいに、無事の人も服を着ていたなら統計的に無意味でしょう。奇妙なハイビーム説が出た原因は、言葉表現を練るコスト削減でしょう。これは緊縮財政の貧困ネタです。
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児童相談所が児童虐待に対応できない背景のひとつ

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児童相談所の職員が手をこまぬくうちに、親の虐待で子どもが死亡する報道が続きます。警察と連携する態勢があっても機能しなかった事件の数々。背景はデフレ不況で、子育てが負担にすぎる貧困化と、公務員削減や非正規化など緊縮財政も一因。衰退途上国化の表れです。

死者が出て初めて腰が上がるなどと、日本でよく指摘されてきたお役所仕事も一応あるでしょう。しかし国民性の反映もまた見落とせません。2000年に起きた高速バスのハイジャック、いわゆる西鉄バスジャック事件が参考になります。

人質の女性客がSAのトイレへ行って通報し、カチンときた犯人の少年が車内の別女性の首を包丁で刺したむごい事件でした。最後まで車内に残された女性客は考えました。「男性客だけ途中で降ろされたあの時、力を合わせてスキの多い犯人少年を何とかできたかも知れない」と。

一方の男性客はこう考えています。「少年の生け捕りは無理でも、撲殺や絞殺は可能かも。しかしそれだと犯人は僕になる」。通報を受けバスを取り囲んだ特殊部隊たちも、狙撃ライフルを手に似たことを考えたかも知れません。男性たちは手加減しました。自分が大事だった。

「今日午後、路線から外れた西鉄バスの車内で、男性と少年がもみ合いになり、殴られた少年が搬送先の病院で死亡しました」「男性は駆けつけた警察官に逮捕されました」「少年が刃物を所持していた情報もあります」。男性は留置され、主犯格として殺人容疑で取り調べられ、職場を解雇され離婚され路上生活へ。

過剰防衛の範囲が広い日本で、児童の虐待死を食い止めるのは無理で、現にできていません。児童相談所は犯罪の事前強硬阻止がご法度な日本で、やるだけのことはやっており、現に虐待を食い止めた成功ケースが多い。ただ法外な飛躍行動はアナーキーな芸術家には可能でも、善良な職員には無理。現にできていません。
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アナーキーとカオスの時代にアートに何ができるか

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最近話題に多いメキシコからアメリカへの不法移民。もぐり込んでアメリカ国民に成りすます。それを防ごうと、トランプ大統領が国境に壁を設ける話。奇妙な流れに気づいた方も多いでしょう。それは不法移民に肩入れする論の不自然な多さです。不法なのに。

移民ではなく不法移民です。不法。合法でなく違法。闇ブローカーなどが背後にある犯罪の話なのに、ニュース報道も含めてかばう論が多い。大麻解禁願望と異質な不法移民解禁願望。合法よりも不法が好きな現代人たち。しかもこれは日本に限らず、世界的な傾向です。不法万歳。

この心理状態をアナーキーと呼びます。日本語で無政府主義。中央政府のルールや管理を否定して、俺様ルールの正義を唱えるのがアナーキスト。僕の思いが上なんだと。ただし現実には孤立した立場であるより、群集心理で突出しやすいのですが。つまり流行中の情動です。

アナーキーの心理が世界に広がった分岐点は明白です。ソヴィエト連邦のゴルバチョフ書記長によるソ連の体制転向から、ベルリンの壁崩壊、そして東西冷戦終結による共産主義国の解体でした。国境を壊して自由勝手気ままに生きたい心理が突出した元年は、1989年でした。

規制をぶっこわし、既成のルールを葬れ。そのカッカした勢いは国際的な連帯です。日本のバブルを軟着陸させず撃沈へ向かわせ、価格破壊と企業倒産になぜか好感を持つ不思議な心理現象です。世のフィーリングがダダ運動タイプにシフトし、着陸なき離陸のブームです。ぶっ壊せのスローガンが快感の時代。

美術の歴史名作にはアナーキーな「ぶっ壊せ」タイプが多くあります。しかし現実社会がこうもアナーキー状態なら、絵や彫刻はお株を奪われます。世が『北斗の拳』状態に近づけば、アートに逆に慰安を求めるように、世界の情動が流れるかも知れません。
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問題を解決するために大事なのは解決法ではない

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名言は一人が放って広まるケースに限らず、関係ない同士の人が各地で単独で思いついた例も多いでしょう。ある真理を当てた名言のひとつがこれです。「何が問題なのかを知れば、もう解決している」。

実際には問題点がわかっても、解決策を打つには多少の時間がかかります。しかし逆に、いつまでも解決しない問題は、必ず問題が何なのかがつかめず迷走中か逆走中です。解決する時間の大半は、問題点を明らかにする時間になっていて。その現実を言い当てた名言です。

平成日本が傾き企業が倒れた原因は、1997年の消費税増税でした。若者層が貧困化して、少子化が急進しました。日用家電のサンヨー電機から始まる失業の連鎖。このデフレの解決法は、減税して世の無駄を増やすこと。ところが日本の不況は少子化が原因で起きたと、因果関係をひっくり返す勘違いが広まり、自滅の悪循環が今も続きます。

以前アフリカ国で、腹をこわした子どもが次々亡くなりました。体から水がどんどん排出されます。そこで親たちは、子どもに水を飲ませないようにしました。飲まなきゃ出ないから。この因果逆転の行動が日本にないのは、感染症と脱水症が問題だと国民が知っているから。

ところが日本でも1960年代に「運動中に水を飲んではいけない」が実行されました。感染症より脱水症の方が、問題の把握が遅れたからです。運動少年の急死という悲劇が、日本でも続きました。何が問題かがつかめないうちは事故が続き、解決が簡単すぎた典型例です。

AT車の暴走事故はもう少し深刻で、メーカー叩きと擁護の工作発言に引きずられ、誰も現象自体を把握できない迷信状態です。そこで著者はAT車のドライバーに何が起きているかを、脳神経の動作原理に沿ってもう一度詳しく説明し、解決法をネットに新たに出しました。ペダルの配置は全く無関係。後に出版されます。
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集合体恐怖症、トライポフォビアふうの現代アート

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集合体恐怖症


著者の個人的な制作流儀の話を少しだけ。たとえばCG画に、同じ形状をいくつも並べた部分があります。しかし並べる個数は少なくしています。同じ部品をあまり多く繰り返しません。理由は、絵がダダ運動タイプにならないようにするためです。

「フジツボが怖い」と女性から聞いたことがあります。「フジツボは鋭くてケガしやすいけど毒はない」などと言ったら、「そうではなくて、びっしり並んだ状態が気持ち悪い」。そこで後日浜辺で確かめて、岩にツブが並んだ様子に「なるほどこれか」と納得。

ネットにはいわゆるグロ画像が多くあります。悲惨な事故現場やホラー系以外に、「集合体恐怖症」を引き起こす画像です。トライポフォビアと呼ばれ、フォビアとはギリシャ語で恐怖の意味です。日本のネットでは「ハスコラ」という俗名で一部に知られます。

ハスの花が咲いた後の実は、アシナガバチの巣に形が似て、種子入りの穴が集合体恐怖ごっこの入門だそうで。集合体恐怖症が強い人は、気分だけでなく体調まで悪くなるらしいのです。起きる原因は、危険物警戒説と疫病連想説が言われ、研究途上だそうです。

それで、何かがびっしり並ぶ作品を著者はひかえています。芸術は感じ悪いものですが、生理的な嫌悪感は次元が別です。ジェットコースターのスリルの中に、ゴンドラが落下して死傷者が出るショッキングは含めないで、分けて考える。芸術がもたらす不安も同じで、精神的な不安と生理的な不安は別でしょう。

現代アートに羅列系は急増し、集合体恐怖症にもの言わせた表現もみられます。表現の自由と称して、芸術とは異なる次元の嫌悪や恐怖に話をずらす。それに対して反発が増えたら、今度は話を芸術に戻して創造が理解されない不自由を訴える。これもダダ運動タイプの流儀です。
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表現の不自由展はダダ運動タイプの反芸術なので

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『あいちトリエンナーレ(3年ごとの定期展)』の『表現の不自由展』の論争で、ある性質に気づいた方がいるでしょう。批判と擁護の主張が平行線で、常に次元が食い違い続ける不思議です。

アンチ民族プロパガンダに対し文句を言えば、「不当な取り締まりだ」「自由の束縛だ」「差別だ」と際限なく突かれ、この圧力は何なのかと疑問でしょう。1995年の地下鉄サリンより以前の、「憲法が保証する信仰の自由を守れ」「宗教弾圧反対」のテレビ論争とそっくり。

これが「アート無罪」です。まず現代アートには2種類あります。著者の世界初の提言で、20世紀以降のアートに限り「三大画家タイプ」と「ダダ運動タイプ」の2種類があります。前者はピカソらの奇抜な造形で、後者はピカソの特徴に引っかけた奇抜なトンチです。

後者はこういう作品です。彫刻展が開かれたとします。お客が行くと、なぜか展示室は空っぽ。「あぜんとしたお客の表情がアートなのです」という主張です。ピカソよりぶっ飛んでいるでしょ、と。このタイプは今も国内現代アートの主流かも知れず。『便器』『流しそうめん大会』『占い』『ブラックボックス展』。全て自称アート。

芸術の本質は、既成の概念を壊して表現の自由を広げること。挑戦する次元が2種類あり、造形に挑戦したのがピカソ。対して造形以外に挑戦したのがダダ運動タイプです。造形の外へ出た動機は、造形をピカソが制覇したからです。後輩は番を張るため、場外乱闘へ向かった。

『表現の不自由展』はダダ運動タイプであり、挑発的だからと規制すると、ピカソやダリも規制されます。「アート無罪」と「表現の自由」は同じものです。この話は現代アート最大の謎です。本書で切り口を変えながら、何編も費やしました。

抽象絵画

61 売れっ子美術家の絵はなぜショボいのか
62 ゴッホはなぜゴッホになったのか
63 美術と怪談、感覚異常がつくる世界
64 現代美術はイカサマの詐欺か (タイトルエディット)
65 ダダ運動タイプ、現代美術のちりとてちん
66 三大画家タイプ、現代美術の変人たち
67 子どもに芸術はわかるのか
68 ヘレン・ケラーと抽象彫刻の世界
69 日本人はなぜゴッホが好きなのか
70 画家の目は贋作を見破ることができるか
71 夢路いとし・喜味こいしの漫才と芸術
72 ゴッホの絵はなぜ認められなかったのか
73 ボサノヴァの影と、ゴッホ『ひまわり』の陰影
74 文明は源氏物語よりも長生きか
75 芸術の反対語とマルセル・デュシャン
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第二次世界大戦に日本が参戦した動力源は空気圧

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ネットには質問サイトが多くあり、読者が匿名で質問して、別の読者が答える便利な場です。匿名なので、タブーの話題に踏み込める利点と同時に、虚偽情報を広める発信源にも使われます。問答が自演だとか。

その質問サイトの定番に、第二次世界大戦の太平洋戦争(大東亜戦争)はなぜ起きたかの質問があります。日本はなぜアメリカと戦争したか。原因はインドネシアの石油ですが、総合理解は本一冊が必要で、回答も長文になり、祖父母から聞いたミニ体験談にとどまるなども多い。

しかし多くの若い国民には、あの戦争の空気は今のこの感じかもねと、直感できる瞬間が日常にあるものです。あの時は狂っていたと言うが、78年後の今も戦争と違う分野で狂った決断続きだろと。戦争に反対したのは日本軍の首脳で、賛成したのは新聞社の首脳だったことも、もう皆が忘れている今日。報道が破壊を先導する。

国の自滅はなぜ起きるか。日本国民は空気で動くと言ったのは出版社の山本七平で、後世によく聞く「空気を読め」という合言葉の同調圧力を早くから分析していました。空気を読む社会に異論の居場所は小さく、チェック機能もはたらかず同調圧力で一色に染まる。報道の空気。

国民がアンケートで「消費税増税は賛成でも反対でもなく皆に従う」と流れに身をまかせたのも空気でしょう。「減税は楽で増税は苦」「ならば苦を選ぶさ」「税から逃げるは非国民」「お国のために犠牲を払え」「僕は上を信じます」「欲しがりません勝つまでは」。

「消費縮小で大企業がつぶれて外資に買われたのに?」「消費税増税と法人税減税は同時なのに?」と突っ込んだとして。「逆境こそ戦時国民のあり方なのじゃ」ととりつく島がない。人口を減らしてまで何と戦っているのか。アートでやるような破壊を、マクロ経済でやっている。
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文系脳と理系脳と芸術系脳は考え方がどう違う

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一昔前に新聞社などがよく行った、謎のアンケート質問がありました。「あなたは憲法9条を変えるべきだと思いますか」。これにどう答えればよいのでしょうか。質問の中味を置き換えると、その無意味さがわかります。「あなたは自分の月給の金額を変えたいですか」。

変えると言っても、金額を上げるか下げるかが不明では、はい、いいえの希望を答えられません。このような質問が出てくる思考を、俗に文系脳と呼び称します。そして、一般に文系脳を最も強くイメージさせるのはこの言い方です。「今年は昨年の2倍多い」。

昨年が10個で、その2倍多いとは合計が何個なのか。合計20個になる解釈が文系脳で、30個が理系脳ではないでしょうか。理系脳は数学的発想であり、増分が元の2倍だから合計して3倍と考えます。文系脳は、そんな理系脳の理屈っぽさに閉口し嫌います。

ところが文系と理系の違いは、実はその後の瞬間に顕著です。「2倍でも3倍でも同じでしょ」「伝えたいことはわかるでしょ」。世界を詩的にながめる文系脳と、物理的にながめる理系脳の対立です。中が入ったスプレー缶をどう捨てるかも、文系理系の差異が出そうな予感。

それなら文系脳と理系脳のどちらが、美術、芸術、アート類に理解力があるのか。これは互角と思われ、芸術系脳を別にイメージした方がよさそうです。美しいものを愛でるよりも、創造的な形態を愛でる脳のはたらきでしょう。芸術系脳は独立した第三の世界観です。

文系、理系と芸術系などの分類は、個人を色分けするためのものではなく、実は一人の中に同居する成分です。個人の脳はそういう切り替えに応じられ、混線しつつ思考の広がりがつくられます。美術制作でも美術鑑賞でも、そうした複雑な世界認識で広がりが生じています。
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事故物件の不動産で本気モードとなんちゃってモード

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怪談のシーズン。賃貸住宅に事故物件という分類があります。変死などが起きたレンタルルームを隠さず、借りるお客側に知らせる業界ルールです。家賃が割安だから狙い目で、住んでSNSで報告し、動画サイトでアクセスをかせげたりして。だから最近は人気物件だとか。

そこで不動産店側も事故物件をしぶしぶ申告するのでなく、室内をわざと薄気味悪く撮影したり、何かが起きそうな思わせぶりな説明をつけるなど、お客の好奇心を掘り起こすセールスが試みられています。

幽霊の信じ方は二重構造です。なんちゃってモードで信じ、本気モードで否定します。たとえば殺人事件で検察官、弁護士、裁判官、容疑者、被害者側、野次馬は、誰も幽霊犯人説を言いません。言いたくて黙るのではなく、全く信じていません。迷宮入りしても幽霊を犯人としない。真剣な場では幽霊は除外されます。

同様に賃貸住宅オーナーも仲介不動産店も、真剣なビジネスの場では、幽霊の存在を頭から否定します。自分がたたりで呪い殺される可能性はゼロと信じ切っており、それで物件紹介文に「出たらごめんね」なんて書きます。本気モードだと、幽霊をお笑い扱いで茶化します。

この二重構造は美術の理解でも起きると考えられます。「現代アートはわけわからない」の悩みと苦情が山とあるとしても、果たして本気か、なんちゃってか。なんちゃってモードでの反応は「わからん、理解できん、難しい」。

本気モードだと「形と色を見て感じるだけでしょ」「誰でもできるし」「それのどこが謎?」「生涯越えられないほど高いハードルなの?」。そのモード切り換えボタンはどこにあるのか。「脳内の抽象的なボタンです」と言えば、抽象はわからんからと再びもめそう。
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合成の誤謬という社会原理と現代アートの関係は

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合成の誤謬(ごびゅう)は、生涯どこかで習う言葉です。一人にとっては正解でも、大勢が同時にやれば間違いになる現象です。合成の誤謬の代表は「節約」です。自分一人が節約してしばらく自粛し、お金がたまるまで待つ行動は適切です。ところが・・・

もしみんなで節約すれば、経済が縮小し企業倒産、社員は減給や失業。餓死と犯罪にテロなど社会荒廃と政情不安、内戦やクーデターが起き、共産主義革命も起きる。さらに他国と軍事衝突する。日本が攻めた例は1929年の大恐慌から12年のオアフ島、攻められた例は1997年のデフレ化から13年の尖閣諸島。

1930年代にドイツと日本が周辺国へ領地を広げたのは、個別事情プラス世界大恐慌の引きずりでした。直後の日本の昭和恐慌は、バブル後の平成不況と似ています。合成の誤謬の好例が長期不況と戦争に集まるのは、20世紀経済の用語だった由来もあるでしょう。

経済以外なら選挙のサプライズ当落もそうですが、浮かぶのはリボン。集会で主賓や来賓は、胸にピンクのリボンをつけます。もし会場にいる千人全員の胸にリボンをつければ、誰も目立たない。車やバイクの昼間ライト点灯も、全車がやれば交通安全効果が薄れる合成の誤謬か。

赤い服を着て目立つ作戦も、皆が着ると逆に埋没します。現代アートの展示で、皆が赤い服を着るがごとく派手系作品が集まると、逆に埋没します。アートの喧騒がシラケにつながるのは、合成の誤謬という対比効果喪失の面もあるのかも。作品一個ずつは悪くないのに。

皆が目立とうとして誰も目立たないリボンよりも、節約気分が好戦気分へ進む結末は強烈です。第二次世界大戦の説明は非常に長いから理解しがたいけれど、各国が価格破壊と経費削減に走って起きた合成の誤謬が根底にあったという、その理解が適切でしょう。
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消費税と美術公募コンテスト展覧会を無理につなげたら

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
日本の消費税が不幸を呼ぶのは「新財源」「安定財源」が目的だから。お金を発行する立場の政府にとって、発行したお金を回収しても貴重品ではない。なのに各国で国税を徴収するのは、物価の安定と所得再分配が目的です。過度なインフレと社会不安やテロを予防します。

税の原理はこう。「好景気で遊ぶ金が余れば、増税して景気を冷やす」「不景気で遊ぶ金がないと、減税して景気を温める」。金満なら上げ、金欠なら下げます。結果はどちらも税収が上がります。国民がとられて平気な時に増税し、とられて困る時に減税する原理。ちなみにこの原理と逆を行っているのは日本だけです。

なぜ逆か。泣き面に蜂のロマンでしょう。困窮時の追い打ちが生きがいという。痛い目にあうと喜ぶ体質が、死者の続出も平気にさせる現象。二次大戦と同じ調子で。このマゾ傾向で、不況時の減税にポピュリズムを感じ、増税にヒロイックを体感する。楽な方が合理的なのに、痛みを伴う方に正当性と社会貢献性を感じる自滅行動でしょう。

減税はありがたいだけにバチ当たりと思い、不況下なのに増税に好感を抱く。苦しい制作ほど芸術性が上がる的な、あれと似るような、似ないような。最終的に消費税を美術と同じに扱ってしまった。んっ、美術と同じ扱いとはどういうことか。それはこうです。

「僕にはよくわからないから、良し悪しは上で決めてくれ。決まったら教えてもらえば僕もついていくから」と。公募コンテスト展覧会がこの感覚で、上が決めた評価を正とする上意下達が定着済み。「どれがいいかは各自が決めよ」と言われると、逆に「そんな殺生な」。

「増税が間違っているなら、やるわけがないから」「やっているということは正しい証明さ」の発想も、日本的な上意下達の走り方なのかも。「上が決めれば正しく、下が決めれば間違い」という、美術コンテストのやり方と話がつながった!?。ちょっと強引か。

抽象絵画

76 絵をへたにかく意味はどこにあるのか
77 タイムマシンでゴッホを助けられるか
78 美術館はなぜつまらないのか
79 おもいでの夏、主役の音楽
80 芸術と精神病の意外な関係
81 現代美術展はなぜつまらないのか
82 セザンヌの絵がわからない場合
83 夏目漱石とリボンの騎士、芸術と異国情緒
84 芸術がわからない人は世に何人いるのか
85 ゴッホの絵は時代を超えていたのか
86 美術の意味に意味はあるのか
87 日本人はなぜ絵やアート作品を買わない? (タイトルエディット)
88 日本の現代美術は世界に遅れているのか
89 日本人はなぜ芸術で金もうけしないのか
90 空飛ぶ円盤UFOと、宇宙の芸術 1
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地球温暖化と血液型占いのおもしろ心理学

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
今年2019年6月後半は涼しく、例年ならクーラーや扇風機をつける暑さなのに肌寒い。7月に入り雨の合間に晴れても、さらに涼しく長袖が必要なほど。7日はクマゼミの初鳴き。60年代から言われ続けてきた、間氷期が閉じる地球寒冷化を思わせる毎日です。

実は2018年の8月も似た傾向でした。東京など関東や東北は38度などの記録的な猛暑続きで、報道は地球温暖化と二酸化炭素に明け暮れました。それなら南の鹿児島や宮崎はサハラ砂漠並みの50度かといえば、35度や33度だから熱波ニュースの中に出番がなかった。

なので、世界の報道は温暖化をやめています。暑かった地に異常な寒波が来て、寒い地が灼熱になる気候変動説に替えています。気温が上がる異常も下がる異常も両方あり、地球全体はやや下がっている実態に世界は切り換え済みです。日本は切り換えていない。

真夏の関東の高温は土木現象であり、地表のぺイブメント面積が増える都市化で、太陽輻射熱を蓄え気温が上がるヒートアイランド現象です。著者の近辺で最近、水田が住宅に変わりました。またエアコンの冷却塔も熱源です。これは血液型占いと似た心理学の題材でしょう。

「B型は自己中」と覚えると、自己中のB型に会うと「すごいぴったり当たる」と信心が深まります。逆に社会性あるB型に会うと、「変なのもいる」「A型に近いB型だ」と理由をつけて記憶から除外し、法則を保護する脳のはたらきです。暑い日だけを取り上げる結論ありき。

最初に入れた脳内情報による刷り込み現象は、美術や芸術でも起きるでしょう。「抽象画は難しい」も信心と化した面があるでしょう。富士山やスポーツカー本体は抽象造形だから、抽象がわかる例に出せばよいのに、記憶から除外して法則を保護した結論ありき。
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山小屋の遭難者に政府が含まれる場合の生存率

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
「日本の景気は悪くなるばかりだ。各家庭の台所も切り詰める限界だ。今の政治は全くだめだ。国民の暮らしを優先した社会を実現したい」。こうして庶民の味方となって闘う情熱家も、実はめちゃくちゃな勘違いをやっています。どこが勘違いか。「優先」が勘違い。

何を優先するかは、パイの分け方の話です。たとえるなら登山で遭難して、山小屋で食料を出し合い分け合う感覚ですね。つまりお金の総量が一定の前提です。この感覚で、公務員の給与を下げ、医者の薬価も減らし、浮いたお金を子育て支援に回す発想が出やすい。それは奪い合いです。困る人を取り替える椅子取りゲーム。

分け合う発想がなぜ勘違いなのか。政府だけがお金のプリンターを所持するからです。仮に山小屋の遭難グループに政府も含まれたら、食料はわいて出るから全員助かります。家庭と違い、国単位では限られたお金を取り合ったり、泣いてもらう人を決めたり、餓死した人の遺体を食べたりも必要ないのです。貨幣プリンターで刷れるから。

事業仕分けも勘違い。「二番ではだめですか」の失敗は、スーパーコンピューターの重要性の話ではなく、総量一定のお金を取り合いする思想が勘違いです。「コンクリートから人へ」も無意味で、「コンクリートも人も」が正解でした。貨幣プリンターで刷れるから。

子育て支援も介護も、教育も道路改良も、小惑星探査も地方交付金も、美術館の補助も、全て同時に増やすのが正攻法です。フクシマも90年代に補強工事費を刷れば済んだ話。財政を共食いで考える人の多さは、貨幣プリンターの存在が抽象的な思考を伴うからか?。

実は緊縮財政を始めた1997年から、逆に国債発行は急増しました。が、政府小切手の財政出動は経費削減で省いたから無効化。これが海外に笑われた異次元金融緩和で、国債を日銀が買い取り、日銀当座預金の銀行分を積み増す奇行も。政府負債1100兆円のうち400兆円以上が山小屋の床下に眠るから驚き。
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消費税を理解しているか誤解しているかの差はどこ

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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
「この人はわかっている」と判別できる一言は、美術に限らずどの分野にもあるでしょう。たとえば消費税を増税する是非について。今は国民の60パーセントが反対です。その反対者さえが根本を誤解しているとわかる、ある決まり文句があります。「財源」です。

増税に反対する声の例。「国の予算不足が深刻な中で、財源の消費税は大切だが、我が家の家計も大切だから、今は増税の延期を希望する」。国の財政再建と、僕の家計再建で板ばさみの苦悩ですが、内容的に全く間違いです。そもそも増税後に家計が傾く順序の22年間だし。

お金は政府側が印刷します。印刷する政府にとって、回収した税は財産ではない。足りないと足せるから。今とかタイミングは関係なく、国税に財源の役目は古今東西ありません。消費税は景気の過熱時に爆買いをつぶし、インフレを抑制する懲罰です。たばこ税と同じ買うなの警告。

めん類をゆでる時、なべが吹きこぼれないよう加える冷水が、消費税の効果です。「なべの湯がぬるい時に、冷水を加えてどうするわけ?」が増税反対理由なら、根っこを理解した人。所得が高騰して毎日うな丼やステーキが続く金満時代に、消費税の出番だから。景気を減速させたい時の切り札が消費税であり、不景気での増税は奇行です。

某議員が国民の困窮に同情し、増税に大反対でした。しかし口に出た。「今大事なのは財源よりも国民だ」。財源の嘘を信じる人でした。この認識では土壇場で「国を優先してスマン」と言い出し、逆効果の増税に賛成しそう。国税はインフレ抑制であり、今はデフレなのに。

それなら、デフレ抑制で減税や廃止はあるのか。そうするのが普通で、しないのはクレージーかワル。デフレ時はゼロかマイナス課税(配給)で消費を誘うのが国政のイロハです。政府は医者役で、健康状態をみて貨幣を輸血したり抜いたりする。その国税がこれほど誤解されるのはなぜか。財源は具象的。インフレは抽象的。具象ならわかるから?。
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