現代アートの合成の誤謬
2017-03-06 Mon 02:19
テレビやラジオの評論家が時々はさむ言葉に、合成の誤謬(ごびゅう)があります。誤謬とは間違っているという意味です。合成の誤謬を簡単に言うなら、「それをみんなが言い出せばどうなる?」「全員が同時にやれば悪い結果をまねく」という意味の慣用句です。

合成の誤謬の代表例は「節約」です。一人が節約すれば、その人の暮らしは好転する場合があるでしょう。しかし全員が節約すれば、物が売れなくなって店や企業は倒産し、シャッター通りが増えます。各地の財政は傾き、国は弱体化し国際発言力も低下。節約のすすめは、不買運動を扇動するのと同じことだから。

極論に思えても、2017年の今日本で続く長い不況と、消費マインドの低下によるGDPの伸び悩みは、節約の合成の誤謬です。元の原因は賃下げ。人口の割に資源は多くない日本は、全員が無駄にあれこれ買い込み、無駄に高級品が流通して国を保てる先進文明型だからです。この型の国は意外に少ないのです。

家に、あまり使わない電気製品や台所用品やおもしろグッズがゴロゴロ多い状態で、日本全体は正常に維持できます。無駄な物を買わないシンプルライフが増えれば、国は衰えるばかりで、あげくに戦争を仕掛けられるほど非力に陥るでしょう。

合成の誤謬は、少人数がやれば正しいのに、大人数がやれば間違っている現象です。似たことが美術でも起きます。突飛で奇抜な新興作品は、マイナーなうちは芸術の創造に当たり、大勢がやるようになると非芸術的な非創造に当たるという、よく知られた現象です。流行りの作風は、創造の立場から外れるという。

たとえば「既成の概念を壊す」は、現代アートの主柱となるコンセプトです。しかし「現代アート展」の看板を出す顔役になった頃には、既成に沿った団体行動で保守側に転じています。これは後追い参入は創造性が下がる当然のロジックであり、合成の誤謬とは違うものですが。
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