出版時にはうまく書けなかった現代美術の閉じた空気
2017-01-17 Tue 02:05
この本を出した時点では、うまく書けなかった話があります。美術特有の閉じた空気です。たとえばネット上にアート専門サイトがあります。画家やギャラリーや美術館へのリンクが並んだ、2000年代半ばに流行った相互リンクサイトなどもそう。

その集合体の雰囲気は内向きです。美術界の内向的な気分が伝わってきて。どこで切ってもアート界の内輪、好事家や同人の集いを思わせて。部外の一般読者が立ち寄っても、その空気自体に壁があるのです。美術を理解する壁というより、美術がガードされた壁のようなもの。

美術に近づきたい人は、業界の空気に染まる気はないでしょう。美術界に同化し、内輪の一員となるのは本望でないでしょう。美術脳とは違う価値観を持つ一般人を排除するような、その暗黙の圧が美術に触れる人にとってはハードルです。

現代美術は全面肯定され、わからない者は改めよ式の話になっていますよね。鑑賞者が心を入れ替えて所属を移せば、アートがわかり始める想定で固められていて。幾多の「わかるサイト」も似ています。その部分に潜む問題が著者にはうまく書けなかったのです。どこに照準を合わせるかが複雑で。

一般人とは切れた場で称賛し合う同人感覚が、現代アートの固いガードをつくっています。外に対して自由と多様性とリベラルをうたい、中は緊張のない集まりというか。外からみて、十全でない現代アートのどこが時代の歪みを負っているかぐらい、スルーせずオープンに語らないのだろうかというのが正直な実感で。

仮想的な例ですが、農業用トラクターが展示室に置かれ、「現代巨匠の既製品アートで7億円です」と聞いた市民は思うはず。おバカな作品に誰も突っ込まないのかと。「トラクターの美はアートです」と、わかったように身内アゲされても・・・。価値は業界が決め、人々は追認して入信するか、縁切りするかの二択なのは困った状態です。
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