芸能タレントの絵を、上手とほめるか、上手とけなすか
2016-09-24 Sat 00:58
上手な絵という言い方は当たり前に使われます。あの絵はうまい、上手だね、これはへただねと。しかし上手の語は、現代の芸術のほめ言葉にフィットしていない問題があります。たとえば芸能タレントが絵をかいて、公募コンテストで入賞したとします。

インターネットに集まるアンチたちは、「めっちゃへたくそな絵だ」と書き立てます。技能が低くデッサンが狂っている意味です。へただへただの大合唱。しかし「へたな絵」は、果たして芸術的にどうかという観点があります。周辺エピソードなどではなく、核心の議題です。

美術の本職より制作の腕が落ちる歌手や俳優に賞を出す主催者へ、人寄せパンダとしての歓迎かなど批判が出るのもいつものこと。本職を一人押しのけてまで、などと。ところがゴッホのデッサンはゆがんでいて、ポロックはデッサンが採点不能です。歴史的な巨匠の方が芸能タレントよりへたな、デッサンが狂った絵をかいています。

新作絵画のへた呼ばわりは、ハードロッカーを「叫んでいるだけで歌になっていない」と言うのと似ています。多様化した現代にしっくこない批判です。その叩き方では、こき下ろせていません。美術の「上手」はバズワード(Buzzword)になっていて、「やばい」と似て良し悪しが不確定性なのです。

新聞やテレビよりうがった(的を射た)意見が主導するとささやかれるネットでさえこんな状態で、なるほど「美術は難しい」「現代美術はわからない」「抽象はちょっと」が今も多数派なはずです。

上手へたで語る人が多いせいで、間違った芸術評価法が伝言ゲーム的に連鎖していると考えられます。本書で何度も触れた周辺の話題は、情報伝達と洗脳についてでした。触れた情報に人がいかに染まり思想形成するか、芸術が苦手な人を生み出す背景が広がっています。
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