芸術の国内分裂は、イデオロギーの対立とは違う件
2016-11-30 Wed 03:06
難解問題と盗作問題は、実は関係があるという前回の続きです。「難しい、わからない、ちょっと」の広まりは、芸術性の物差しでもめている影響もあるという耳寄りな話でした。ある国民の行動が総じて混濁している時は、特殊な慣習と本質論との板ばさみがあるものです。

「そんな分裂なんてないの!」とか「今はそんな時代じゃない」「イデオロギーの話はやめよう」などといくら言ったって、分裂は堅固です。どの色を白と呼ぶかの根幹は、イデオロギーとは違うでしょう。正反対を唱える両親に育てられた子どものような、自我がまとまらず不安定な鑑賞者が増えてしまう理屈です。

180度ずれた不穏な空気は折々に表面化し、美術界全体のイメージが悪いのです。音楽と違い、好かない美術へのヘイトスピーチが多いことにもお気づきでしょう。同業の不仲が何となくただよい、だから作品もみんなウソくさくて、市場も育ちにくい面があるでしょう。

2016年の今も、変わった絵をかく日本人は、欧米へ移り住むケースが多いのです。同じことを、欧米人はやりません。自由で創造的な環境を求めて、日本へ引っ越してくる欧米の画家はいませんよね。日本へのアート留学も少ない。こういうところは、正直な方がよさそうです。

日本の現代美術家が内部分裂に苦悩して作っているのは、鑑賞の耳寄りヒントになるでしょう。展示会場には苦悩が並んでいます。亡命しようか迷っていたりして。現代アートフェスティバルが、日本で二軍扱いになる理由も・・・、このへんでやめましょう。

盗作は世界中にありますが、日本に特徴的なのは盗作を肯定する意見が意外に多い点です。盗作批判者への逆バッシングも激しく、東京五輪ニュース関連では国民を驚かせました。こうした分裂の中で、どちらの立場の作品かを見分ける視点も、鑑賞のツボになるのです。
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