わかるかわからないかの分岐点が、日本の美術では大問題
2016-11-22 Tue 01:01
「月が真ん丸な夜は暗い月食になるはずなのに、明るい満月なのはなぜか?」の謎を解くカギは、程度の問題でした。「真ん丸」の丸さもピンキリで、精度が高い夜は月食、低い夜は満月になるだけの話です。

この謎が中二の生徒に解けなかったのは、満月は真ん丸だという予備知識が、完ぺきな真円ありきの先入観となったせいです。精度の概念が抜けていた。予備知識がつくる先入観は、普段の暮らしでも失敗の原因になりますが、美術や芸術をわからなくする障壁も先入観が多いのです。

たとえばゴッホがわからない人は、美術とはこういうものだという先入観を前もって固めているものです。巨匠画家ならきっとこういう絵をかいてしかるべきとの予断ができていて、いざゴッホ絵画を見た時にその先入観と合わない実物に混乱するわけです。天才なのだから絵がすごくうまいと思っていたら、すごくへただから。

教育の現場でよく言われるのは、子どもは教えやすいが、大人は教えにくいという法則です。大人は頭が固く柔軟性がないからだと考えがちですが、少し違うのです。脳の機能低下ではなく、持っている知識が独自の物語を構築済みで、排他的になりやすい一面です。

まだ何も学習していない子どもは、独自の物語を持たないから、内部矛盾が起きません。一方、大人が何かを学習する時は、すでに脳内にできている不適切な物語を、先に崩す別途作業が負担になるでしょう。

間違った美術物語にも、類型パターンがあります。たとえばモチーフが判別できれば芸術がわかったとみなす物語は、国内で空気伝染のごとき広まり方です。ゴッホは何とかわかってもピカソは怪しく、ポロックには歯が立たないという、絵にかいたような症状はそれかも。
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