建築パースに芸術を感じないのはなぜか
2016-11-05 Sat 00:27
建築パースとは、透視図法(パースペクティブ)で描いた、建物の完成予想図のことです。建設前の家やビルが描かれ、外観パースやインテリアパースがあります。設計者が建物発注者に見せて打ち合わせに使う、美しく整った風景画です。

正確な形状と理想的な画面配分。巧みなデッサンと高いセンス、手慣れたタッチと繊細な色使いで、味わい深い絵も多くあります。行き届いて良心的。でも最も優れたパースでさえ、芸術作品としては認識されません。いかに優れたパースも、多くの目に芸術には映らないのです。

建築パースはデザイン成果物だから美術と機能が違う、というだけではないでしょう。上手に描けた絵、ちゃんとしたまともなフォーマルな絵は芸術から遠いという、ばくぜんとした人類の感受性があるという、そちらの方がトピックです。

建築パースはリアルタイムに目を引いても、芸術的な打撃は誰も受けません。こりゃ芸術ではないと、人は直観的に絵を選別しています。芸術に詳しくない人でも、学習で得た見識とは違うところで、本能的とでもいうような初期設定のセンスを持っているようです。

ちゃんとしたまともな絵には芸術を感じにくい、これは大事なポイントです。ちゃんとしていない、まともでない絵に人は打撃を受け、最初はしかも悪い方に受け取ります。初見で好感をいだく建築パースとは逆方向に、快に否定的な方へと芸術の世界は広がっています。

芸術なんて難しいと思っている人は、芸術を大層なものだと大仰に想定しすぎているかも知れません。実はそういう人でさえ、日頃から芸術的判断をやっているのに、自分には高尚すぎると思って無駄に見上げてしまっていることも考えられます。
関連記事
スポンサーサイト
別窓 | ココが大事な焦点 | トラックバック:0 |
この記事のトラックバック
トラックバックURL