具象絵画はホントに理解されているのか
2016-10-30 Sun 00:40
「具象画はわかるが、抽象画はわからない」「具象は大好き、抽象はちょっと」という人が日本にとても多いのは、周囲を見てもネットを見ても感じることでしょう。欧米には少なめだから、日本の美術界のハンデになっています。お客がそうだと、アーティストも伸びないし。

そこで疑問がわくのは、具象だけがわかる人がほめたたえた具象画は、ハンデの反映が表れていないかということです。これは調査や実験が必要かも知れませんが、具象だけがわかる人と、具象と抽象ともわかる人では、具象作品を見る目の広さや深さが違ってくる可能性です。

具象画だけがわかる人が好む具象画は、具象的成分や側面に関心が片寄って、表現の核心的エッセンスが見過ごされている疑いです。

具象画だと「わかるわかる、感動するわあ」と、芸術の深淵に触れた話にされます。同じ人が抽象画だと「わからんわからん、感動せん」となって、こんなの芸術じゃないとされて。それって具象画の何か別のことを、芸術だと思い違いしている確率が高いのです。

両方わかる人が見ないと、具象画の芸術性がつかめないことが考えられます。なぜなら、美術作品に宿るとされる芸術成分は、抽象的な何かであると推定できるからです。芸術性というやつは、抽象的概念だという話。この発想は、世界的に見落とされているでしょう。

具象だけが分かる人と両方わかる人では、別の概念を芸術だと認識していて、傑作の判断でも別傾向を選ぶ可能性があります。審査員がどっちなのかで、具象画家の運命もまた翻弄されます。この問題は、ヨーロッパでの展示で、お客の反応を活字にまとめながら思いつきました。
関連記事
スポンサーサイト
別窓 | ココが大事な焦点 | トラックバック:0 |
この記事のトラックバック
トラックバックURL