自分の作品を論じることは、アーティスト本人に可能か
2016-10-29 Sat 00:59
わからないアートといえば、抽象のピカソやポロックの絵がすぐに浮かびます。が、実は具象のルノワールやフェルメール、ゴッホの絵もわからないという声があります。そして、たぶん日本に多いのです。

ゴッホやポロックの絵がわからない現象は、本人がどんな気持ちや心境で作ったのか、何を狙ったのかがわからないことが言われます。価値がわからない以前に、制作意図がわからないわけです。「麦畑を描いて、それが何だって言いたいの?」。

そこで評論家が解説しますが、画家のコメントを読むわけでもなく、アウトサイドからの視点なので空想が増えます。当然ながら、論者が読み取れた範囲でしか語れません。

だから核心部分は憶測と願望のつぎはぎ作文となり、それを学んだ読者は作品解釈の都市伝説に流されることも多い理屈です。

ならば、いっそのこと当の作者自身が作品を解説すれば、空想を補正できて鑑賞者がわかりやすくなりそうに思えます。画家や彫刻家が、セルフ評論すればよかろうと。しかし、作者による自作品の解説は、現実には難しいのです。音楽もそうですし。

難しい理由がいくつもあっても、理由を謎説きした例はまれでしょう。作者がなぜ自作品を語れないかは、芸術作品で特に複雑です。芸術は基本的に裂け目ですから。作る段階から本人には管理しにくく、実は美術家はプロデューサーを必要としているのです。どう作るかを助言する人を。音楽ではそこは解決しています。
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