信仰が強迫へ、現代美術アドバイスのあるある失敗
2016-10-27 Thu 00:19
この特集の発端は、「現代美術は簡単」「わかる」「何でもない」「楽しいぞ」と言う巷のガイドが、信仰と強迫に向かう傾向でした。作品を示して「これならわかるでしょ」「わからないことはないでしょ」と。どうも単純化しすぎだし、説得内容も非芸術的だったり。

具体的にあげてみましょう。写実から抽象への教育課程どおりに抽象を理解するアプローチでは、古代の抽象に歯が立ちません。シュメールとかエジプトのアートがカバーできず。その勉強では、美術の範囲を狭く限定していた頃と同じです。

名画の見方を覚える方法では、明日生まれる未知の新作には通用せず、自立歩行が困難です。マニュアル人間。好きな作品だけ相手にせよという割り切りは、創造を却下する意味だし。何でもありの時代だぞと便器を示されても、ピカソや日本画とは全然つながらない話。一個ずつ別の暗記科目じゃあるまいし、便器もそんな経緯と違うし。

ガイドたちは旧態の延長でがんばる努力を強いていますが、「難しい」「わからない」「ちょっと」の壁を苦労で乗り越えても、「美が苦」は温存されます。焦点は、鑑賞者の努力不足とは違うのです。そっちへ引っ張ったらだめだめ。

正直なのは、日本の新興美術市場の細さです。努力したぐらいではわからず、やっぱり買わない。本当にわかりたいのは、現場単位の美術品の良さではなく、人類にとって芸術とは何なのかでしょう。大きいところから攻めていく方が、おそらく日本人向きであろうと。

日本人が芸術と縁遠い民族的な資質は見当たりません。サッカー日本代表のようなフィジカルのハンデはないし。監督やコーチ、インストラクターが間違ったアドバイスを続けていると考える方が自然です。
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