黒石よされ写真コンテスト市長賞の内定取り消し、権威か能力か
2016-10-25 Tue 00:19
最初にニュース記事を見た時、少女が写った写真が受賞して広く顔が知られ、有名になって周囲から迫害されたのかと思いました。そうではなく、迫害は以前からだそう。

夏祭りの舞踊を演じる少女をたまたま撮った人がいた。撮影者はその写真をコンテストに応募した。受賞が内定して撮影者と少女家族に知らされた。が、知らせの49日前に少女は自殺していた。それを知った市長が内定を取り消した順序だそうです。公表された取り消し理由は「亡くなった人が被写体では賞にふさわしくない」。

死後も迫害が続くよくある法則みたいですが、賞を出す側もプレッシャーと緊張で狼狽していました。賞には思惑や情実が混じるもので、圧力や鶴の一声でも裏返ります。もし「難しい、わからない、ちょっと」という人が関係するなら、いっそう簡単にぶれるでしょう。

賞を取り消したのも、取り消しを撤回したのも、穏便を優先するリーダーの苦心でした。しかしそれとは別に悲哀を強めた隠れ要因は、上が下に与える賞が価値を支配する問題です。支配されている感覚は市民には希薄ですが、コンテスト、コンクール、コンペ、制作競技の問題をここでちょっと。

たとえばゴッホは絵を何度も応募しましたが、生涯に全部が落選しました。欧米国はそこは少なくとも学習して、公募コンテストはやめて別の方式が主流です。日本のアート界は権威主義のままで、欧米は能力主義に変わっている違いが、日本では知られていないのです。

欧米の主流は、誰でも出品できる美術マーケットです。そして、欧州マーケットに出すルートはこちらにもありますが、あの少女の写真は実は出品できません。その話はまた今度にします。
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