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当時サイテーの画家ゴッホが、後世に最高峰の巨匠となった事件を、今正面から受け止めるのは困難です。場のTPOが異なりすぎて、19世紀の気分になれるわけもないのだし。本ブログもこう感じられるかも。「天才ゴッホをサイテーと呼ぶなんて、最低なやつ」。

宮城県の大川小学校で74名もの生徒が、2011年の大津波でやられた事件も、今になって裁定は困難でしょう。すぐそばに高い裏山の林があるのに、行く行かないで長時間もめた大失敗です。待機を指示された生徒らは校舎とともに水没し、川辺へ連れられた生徒も同じでした。

結果を大勢が知る今になって裁くと、公正かの問題があります。巨匠に転じたゴッホを前提に、当時の美術ファンを裁くに似た話で。未来が読めなかった大失敗を、過去形として知る者が大批判する、そんな悲しい一面がこの裁判にはあります。

だとしても、学内の地位ある立場に創造力が必要でした。パニック映画『ポセイドン・アドベンチャー』で、「船がさかさまになったから船底へ行こう」と、不穏な本質論の強行が小学校にも必要でした。

「海辺の大揺れは、山へ急ごう」が本質論。「生徒が滑って転ぶから、変なことはやめよう」式の思いつきを、蹴飛ばす人物が必要でした。時流に乗った絵を描かない画家のごとく、「永遠の正解はこれ」の本質を外さないタイプ。あの時はあの時さと、場当たりにならないタイプ。

丘陵へ生徒を連れた他校の教師も、「大山鳴動ネズミ一匹」と後で嘲笑される不安はあったはず。その場の空気に染まらずに、永遠のセオリーどおり行動できる指導者が各校に必要でした。実際にはいたから、各地で多くの生徒が助かった、その陰で起きた恐ろしい失敗でした。
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Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?