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芸術とはこういうものだという代表に、落語があります。芸術の模範です。ただし落語家が言うには、そんな大それたものでなくて末席の大衆芸能だという。演じる人も別に立派でなく、高尚ではないからねと。

このように落語を低く位置づける傾向は、芸術を高くみる庶民感覚への配慮もあるでしょう。一部の人が芸術を社会の上層へ位置づけた、それに対するカウンター的な棲み分け意識もあるでしょう。落語を芸術と呼ぶと、庶民との関係が切れてしまう心配です。

絵や彫刻がハイソな世界にあるひとつの理由は、作品の値段です。値上がりした一品絵画などは、金持ち層にしか買えません。だから社会的地位に比例したイメージになっています。安く楽しめる落語は、やはり芸術でない印象になりやすい。

落語には表現の裂け目が豊富です。笑いの中に悲哀の亀裂だとか、人情話の途中にトンデモギャグが一発とか、最初の無駄話が最後のオチに結びつく驚きとか。まさかのどんでん返しや、常識と非常識のひっくり返しなど裂け目だらけ。落語は芸術作品だと容易に判定できます。

落語の世界には、師匠や兄弟子が絶対の徒弟制もあります。好き勝手がしにくい封建道徳です。和服姿だから保守的にみえます。しかし、型にはまったり個性が引っ込むのを嫌う体質で、芸道とはほとんど逆の世界です。他人と同じことをやるなと戒めた、珍しい分野です。

ただそんな落語家も絵や彫刻を前にすると、横つながりの応用がきいていないように感じます。普段から表現の裂け目を実現している立場なのに、型にはまった絵のデッサンをほめて終わったりして。美術以外の分野の芸術家たちが、美術を語る時には芸術的になれないのは不思議な現象です。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?