FC2ブログ

-
「絵画の実験と言うが、実験ではなく本番を見せて欲しい」という意見があります。言葉尻をとらえた中二病的な言い方にも聞こえてしまい、どこまで本気なのかはわからず。

実験アートという言葉。これは既成の概念から外れた、突飛な作品を連想させます。たとえばお客が美術館の展示室に入ってみると、清掃員がまだ掃除中だった。あれっと思って外に出ようとしたら、そこでの一部始終が実はアートなのだという。

清掃員を見ると、現職のアメリカ大統領その人。実は本人だという。手の込んだ、コストのかかったアート表現です。そうしたサプライズ表現を実験アートと呼ぶのかなと、一般には浮かべることでしょう。

そうした実験アートは真剣というよりは、余興的なナンチャッテでイメージされます。「本番」に対する「初期案」「テストケース」「追補」といった感覚。このような解釈は、現代美術に対して人々が普段から感じる、サブ的なイメージにも一致しているでしょう。

絵は実験だと言った一人に、ピカソがいました。これは簡単な意味で、前例と違う絵へ発展させ続ける意図的ないじりを、仮に実験と言っています。お手本に迫る作業ではなく、手探りで新奇を探す作業です。昨日の成果を、今日は壊して改変する意味です。

実験の後に本番に入る話ではないから、冒頭の意見は無意味です。つまり芸術創造と実験制作はイコールであり、実験をやめると創造に至らず芸術から失墜します。しかし全体的には模範に沿った安定の画業が多数派であり、実験的な制作は少数派となり異端に位置します。
関連記事
スポンサーサイト
現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?