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1953年没の作曲家プロコフィエフは、『ピーターとオオカミ』が小学校の音楽鑑賞で知られます。作風には顕著な特徴があり、メロディーとハーモニーの関係がねじれるように動きながら、劇的に展開します。らせん階段みたいに。

『ピーターとオオカミ』のピーターのテーマ自体がそうで、明朗なメロディーのバックを押さえた和音が意外な方向へ転んでいき、光景が次々ひっくり返りながら開けるドラマ性です。そのプロコフィエフが生前に言った目的意識は、聴衆をびっくりさせることだという。

ならば、びっくりする音楽とはどういうものか。実はここに、プロコフィエフがチャイコフスキーの次に、今日的な人気がじわじわ上がっている理由があるのです。彼の曲は、美術でいえば三大画家タイプに相当するからです。ダダ運動タイプではないから。

ならば、逆のダダ運動タイプに相当する音楽とは、いったいどういうものか。たとえば、ブラック・ボックス・ミュージックでしょう。ホールでブザーが鳴って消灯する。真っ暗な中、何者かが女性客の体を触って回る音楽会がそう。ドーンと、ホールの天井が落ちるとかも。

そっち系の落とし方で聴衆をびっくりさせ、これもアートですとドヤ顔する表現を、プロコフィエフはやらなかったわけです。その手で話題を得た者も世にいたとしても、彼はやらなかった。だからプロコフィエフは、ダダ運動タイプではなく三大画家タイプの人です。

プロコフィエフにも、比較的早期のバレエ曲『道化師』など、絵でいえばピカソにでも当たる、取っ付きの難解な曲が多くあります。それでもびっくりをトンチ方向へはずらさず、ドレミの音階だけで衝撃を生んだから、トレンドのあだ花に終わらず生き延びています。
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Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?