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国会議員のあるあるは、立候補前と当選後の著しい変化です。論客時代に鋭い意見をずばずば言い、国を救おうとする熱意と見識を発揮。いかにも信じられる人が登場します。この人が総理大臣になれば最高だと、テレビスタジオは盛り上がります。

ところが当選すると、首をかしげる事態に。誰のための政治なのか、その方向の日本改革だったなんて。そんな人だと知っていれば票を入れなかったよと。うまい言い方にやられたあ。

話のわかる近しい人だったビフォーと、わからない遠い人に化けたアフター。二つの著しい落差が、政治へのやりきれない国民感情として定着しています。芸術論で、著者は似た体験がありました。

まだ学生の時、後輩と非常に話が合ったことがあるのです。芸術とはこういうものだと思った著者の考えに対し、僕もそう思いますよときて、ぴったり意見が合います。先輩たちが芸術の語を茶化す中で、理解者がこんなに身近にいたなんて。おおー、感動的。

「創造者は異端者」「嫌悪の対象が歴史名作の由緒」「人類はピカソの価値を曲解中」「創造と商業に比例も反比例もない」「後世の人ほど芸術が苦手」「芸術は重苦しく排他的」「芸術は気色悪いのが正当」などなど、意見がことごとく合います。もう一人の自分がここにいた。

最後に最大の芸術体験を聞くと、木炭画に心底感動したと語り始めました。美大の入試デッサン画もすごいと。絵とは思えないリアルな写実画に鳥肌が立つと。2メートル離れて座る後輩が、50メートルも遠くにいる感覚が著者に起きました。巧みな木炭デッサンは異端ではなく権威であり。正反対を同一物に語れる言葉は、魔物だと感じました。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?