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本書は最近の作ではなく、はるか昔のバブル好景気より前に始めたもので、当時の懇談の記録が中心です。当時、世の美術評論は威張っていました。極度の上から目線が一般的で。

作らない評論家は、抽象画をしきりに叩いたものです。当時の抽象アートは国民の敵に扱われました。議会などの議論。「皆がわからない現代彫刻を税金で置いて、責任を取れますか?」などと。新し物好きの首長さんは追われ、母子銅像などに差し替えられて。

やがて現代美術家も評論に加わり、また上から目線。わからない庶民たちは勉強して時代に追いつきたまえと。庶民にため息つく風向きは残ります。皆の古い頭を直せば、アート問題は解決すると言いたげで。

本書の方向は異なります。美術がわからない現象は、文明国が文化衰退に巻き込まれ、人類が何かを失いつつある推定です。失うのは芸術という無形のもので、正体はデッサン力ではなく、表現の裂け目だとして。作る力も感じる力も、全体的に衰えている説です。

作った物がショボいと始まらず、鑑賞者が悪くないのは自明の理です。しかし現代アート推進シンパは、現代アートの悪口には神経をとがらせます。現代美術を全面的にたたえ、忠誠を示さないと許されない。本書は現代美術に特有の欠点も書いているから、シンパとの摩擦はあります。

以前は古流具象が巨大で、現代アートは肩身が狭かった。近年は現代アート団体が大きくなり、主流の座をとれるかも。その座はアカデミズムかも知れず、往年の上から目線が変わるかが課題でしょう。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?