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少し前に著者は美術館で人と会い、作品の差異をひとつ提言しました。それは「勝っている画家の作品と、負けている画家の作品がある」というもの。絵画が多くに愛され期待され、協賛スポンサーもついて売れているのは、勝っている画家です。

負けていた画家の典型はセザンヌとゴッホで、多くに黙殺され、期待外れで、協賛スポンサーもつかない。ゴミクズ絵画。印象派のモネやエコール・ド・パリのモディリアニも、もちろん負けていた立場。その違いは、負けている絵は暗くかげって奥が深いと言いました。

音楽なら勝っていた作曲家はサリエリで、負けていた作曲家はシューベルト。ジャズなら勝ちはデューク・エリントンで、負けはソニー・クラーク。聴きくらべると、負けている方がメランコリックで影を帯びています。死ぬ恐怖が裏打ちした生きる喜びが劇的に展開する、負け組の本物のすごみというか。

しかし、因果関係は逆かも知れません。暗くかげって奥が深いものを、人は一言「暗い」と切り捨てる傾向です。かげった絵だから黙殺され、期待されず、スポンサーがつかない順序も考えられます。つまり芸術性が高いゆえに、皆が背を向けていた順序。

問題はその先です。時代が進んで関係者も死に絶えると、人類は二つの評価をひっくり返すのです。著者はこの逆転現象がなぜ起きるのかを、まだ決定的に説明できていません。「本当に美しいものは、後世に理解されるものだ」という単純さではないような気が。

そうすると絵をかく人は皆、現世で勝負か来世で勝負かが、人生の分岐点になります。両者の作風はやはり違うのでしょう。それを画家たちは意識して選ぶのか、天が与する宿命なのか。著者は何とか説明しようとしても、確かな結論は出ていません。
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Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?