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現代美術は好き勝手やり放題だとして、制作側も鑑賞側も不安になり、または逆に感化されてハイに浮き足立つ光景があります。わけのわからない奇妙な表現物に、翻弄される被害の声が多くあって。

たとえば市販のキャンバスをバキッ、ビリビリと二つに割り、「絵画を破壊しました」「破壊的創造です」式がダダ運動タイプ。こうしたトンチ表現が集中した時代に私たちは居合わせ、しかもそうした自由表現を認めよと、同意させるリベラル圧もかかるという。

ネットを見ても、わからない現代アートを理解させる指導は、突飛な表現物を示して、これをアートと呼ぶ自由な時代に追いつけと迫る。現実の作品がそうだから、受け入れよとたたみ込み、改心させようと努める現代アートのサポーターたち。

そんな騒乱の中にいる著者は、現代作品に制限やブレーキの必要は感じません。ただし作る立場でなく、展覧会を企画する立場で困ることもあります。それは自由の意味を低い方に広げたラフな空気です。高い方ではなく低い方。その程度で完成なの?という作品です。

たとえば線を一本引いた絵の出品希望です。この形式の類例は古くて、今は創造性がないお試し系。実際に外国で支持されず、売れず。しかし何でもありの空気が救済します。これこそが現代のゴッホだと、言えてしまう時代だから。

その作品は類似作が多くてもうつまらない。しかしつまらないゴミくず画が宝に転じた後期印象派の実例が釘を刺し、どれでも宝になる権利がある理屈は通るのです。ゴッホと模倣や手抜きを線引きできない。著者が太古の歴史作品を基準とするのは、今の作品を今の気分だけで見ると失敗する予感があるからです。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?