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「美術鑑賞の場に説明なんかいらない、作品を見るだけでよい」という意見は根強くあります。美術家の意見に多いようです。作品に説明があると言葉に引っ張られて、個人の感覚を妨げてしまうことは簡単に想像がつきます。

一方で、こういう意見もあります。「地元の郷土博物館で説明員から話を聞くと、見過ごしていた書や器に関心が持てました」。言葉の説明があると、作品の見どころに注目でき、興味がわいて他にも色々と見たくなったと。博物館の景気アップも期待できそう。

それなら、キャンバス画や版画や木彫や鉄オブジェを見る時、説明のあるなしのどちらがよいのか。ここで大事なのは、美術作品と郷土遺産の根本的な差です。美術作品は今日ではエンタメ目的で作られ、見世物に徹しています。実用面の機能は持たず。

キャンバス画や鉄オブジェは、「あなたは何を感じますか?」と問いかけるコミュニケーション・ツールというわけ。だから作者も、こう解釈せよ、こう感じなさいという正解を用意しない場合がほとんど。いわば相手を試す謎かけ。だから、説明が入るとまずいのは確かです。

しかしここに別の問題もあり、「感じる」の語の内訳が「思考」に片寄るそもそも論もあります。「戦争反対を訴えている絵です」と言葉に直しても些末なのに、その言語化で芸術性を理解できたと納得する害があるのです。変な理解のしかたで浅く受け取ってしまって。

だから鑑賞に必要なガイダンスは、言語化を阻止する助言です。たとえば「鑑賞は意味の解読ではない」。しかしネットは逆で「作品の意味をつかみ理解せよ」と、誤ったアドバイスが並んでいますね。しかも芸術の謎をクイズ扱いした悪い指導に画家が応じて、説明図版のような絵画が作られやすい問題もあるのです。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?