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常識が致命的に間違った実例に、「腹をこわした子どもには水を飲ませるな」がありました。アフリカ国の話ですね。子どもの体からどんどん水が出て行ってしまう病気。水分を体に入れなければ出なくなり直ると信じて、水を飲ませない解決策へ向かうわけです。

その解決策によって、子どもは死んでしまいます。脱水症状で。しかし勘違いしている人たちは努力不足を自覚し、改めて水を飲ませないよう申し合わせる。結果子どもはいっそう多く死ぬわけですが、もう絶対に飲ますなと全力を尽くして徹底させるループ。

日本も同じ。不況を解決しようと節約に努め、結果は不況が進む。努力不足を自覚し、改めて節約を励行しろと申し合わせる。結果デフレ不況がさらに悲惨になると、もう絶対に物を買うなと全力を尽くして徹底させるループ。2年後の東京五輪でも、経費削減第一をかかげて。

根本原理を勘違いし、努力が悪く出て修復不能に陥る例は、美術にもあるかといえば、芸術の意味もそうです。日本でよくあるのが、つながり芸術論です。欧米の作品に似ているとマルで、全然違うことをやっていたら、つながりがないのでバツをつける風習。

何をやれば芸術に値するかは、水分をとるかとらないかと似て、あべこべの努力が費やされて結果が悪くなり続けても、気づけないものです。悪化を指して、道半ばと受け取る勘違いの心理学です。この話は別に相撲への当てつけではなく。

解決策を間違うと、結果の分析も玉突き的に間違ってきます。国民の所得は下がっているのに、好景気を誇るバラ色宣言ラッシュとか。好景気の実感がないぞと訴える国民には、「節約しない浪費家の自己責任だ」と言って黙らせるなど。最初の脱線が、縮小せずに拡大していく運命。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?