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ムーアの絵画

ゴッホの絵画

「あれほど美しい絵をかくゴッホを認めなかった、当時の人たちを恨みます」。ゴッホ展へ行った人に多い、感動の第一声。同じ思いになった人は、昔から非常に多かったのです。演劇のテーマにあったほど。これほど優れた絵を、なぜ誰もが無視したのか?という憤りです。

2枚の写真は、1887年に描かれた絵です。両方とも同じ年の作品。上がムーア作、下がゴッホ作。仮に2枚とも同じ公募展に並べば、どちらに金賞を授与しますか。どちらを総理大臣賞や文化勲章や、名誉国民に推薦したくなるか。高く売れる絵は?。上手なのは?。

130年たった2017年の今も、ため息が出るのは上でしょう。下はむしろ逆のため息。ゴッホの時代の人々は、非常に腕の立つ画家の美しい絵に囲まれ幸せだったのです。

ゴッホは実はへただから嫌おうとか、ゴッホ上げした美術界の陰謀の話ではありません。ゴッホの絵は美しさで他を上回る理由で、今評価されているのではないということ。「ゴッホは美しい」からして奇妙な発言です。名前に感激している疑い。ところが・・・

「美しい」の意味が19世紀と違えば、成り立ちます。モダンアートのハメ外しにもまれて軟化し、拡張した美意識なら成立。ゲテモノや便器も平気な上で「ゴッホは美しい」なら正義が通るし、できてるじゃん。

しかし抽象嫌いでゴッホ好きとなれば、過去を愛した昔を繰り返すブーメラン状態です。ゴッホの値打ちは、デッサンをつぶして美術の良識を葬った功績です。写実を否定し、美の愛好家を葬ったかたちのゴッホ。もうひとつの功績は、葬る凶器となった表現の裂け目です。
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Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?