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現代アートは消えて欲しいという、真剣な主張を見たことがあります。20世紀以降の現代美術を、世の中から全部なくしたいと、切なる願いを込めた長文でした。現代アートなんてわからんと感じる、サイレントマジョリティー(声なき多数派)の本音に近いのかも知れません。

指摘された現代美術の大罪は、「自由はもうたくさん」。近ごろのアートは、自由すぎておかしくなった。自由に振る舞いすぎて大混乱して、理解しがたい作品の山。もう堪忍袋の緒が切れた。現代アートが全て消滅して、なかった頃に戻って欲しいと。

自由に、もっと自由に、もっともっと自由に、もっともっともっと自由にと、エスカレートする現代アート界。多くの人は秩序の混乱を見て胸騒ぎを覚え、不安感や敗北感へと向かう。ついに爆発しそうになって、訴えに出たのかも。当人はアーティスト志望らしく。

著者の感想は「現代アートは群集的で、決まったパターンだけどね」。大勢が気づかない重大ポイントがあります。1910年代から美術表現が二種類になった点です。元は一種類だった美術が、20世紀近代から21世紀現代への100年間に限って、二種類あるのです。一パターンから、二パターンへ。我々の時代だけ二とおりある。

三大画家タイプのみあった従来に、ダダ運動タイプが加わった。19世紀にはなかった種類。どっちの話か。二つある、あっちか、こっちか。二種類のどちらについて行けない傷心なのか。どっち?。どちらの話のつもり?。考えたこともないなら、今から分けて考えませんか。分ける楽しみも新たにできるし。

ピカソやポロックの絵画をアートと呼ぶ自由と、市販トラクターや痴漢やポップコーン炒めの笑顔や9人バラバラ殺人をアートと呼ぶ自由は、分けて考えるべき。女の尻を異常に描いたピカソ芸術と、女の尻を異常に触った痴漢芸術を混ぜて考えない。すると、現代アーティストの欲しいものまで簡単に見通せる。これにて一件落着、お構いなしとす。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
Posted by現代美術はインチキの詐欺ってホント?