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世界的な傾向だとしても、日本国内の美術鑑賞で目立つのは、心構えの生真面目さです。作品を前に固い気持ちで、緊張するクセとか。実は、作品自体はそれほど固くないことも多いのですが。

音楽の話で、たとえばクラシックのマーラー。マーラーの交響曲は時間の長い大作ぞろいで、しかも長いスパンでループする作風です。今からマーラー曲を演奏する指揮者は、やりたいテーマや独自の持ち味なしに棒を振っても、実りある公演にまとまりにくい難曲です。

マーラーの風貌からして敬けんな神父か、保守系の市長みたいで、真面目一筋のカタブツに見えてしまいます。日本でマーラーブームは何度もあり、80年代に「二つのM」と称して平易なモーツァルトとは好対照の、難解な人に扱われていました。

しかし実際のマーラーの曲には、おふざけ要素やなんちゃってギャグが散見されます。交響曲第一番でいきなり、いたずら演奏をまとめ上げた編曲を披露します。長調の曲を短調に変えて演奏すると、すごく暗い曲になって笑えるという、実はチンドン屋ふうのあの楽章。

鐘が鳴るたびに自ら打撃に倒れるシリアスな筋書きの六番にも、ニヤリとなる仕掛けがいくつも。七番では、焦点を結ばない転調が評論家にけなされ、後日保守派に恥をかかせる結果になりました。マーラーの生前は、変な曲づくりと突出した情熱が笑いネタだったのです。

当時のマーラーはベートーベン曲の指揮者で鳴らし、棒振りアクションが派手でした。身振りのスケッチイラストが残され、お笑いパフォーマンスみたい。今では敬意のあまり「生きる苦悩」「人生の悲哀」など、ゴッホの「狂った天才」式に高尚に解釈されすぎて、裂け目のあるおもしろ変則交響曲が神棚に祭り上げられています。
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現代美術はインチキの詐欺ってホント?
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