京都の文化財を保護するために米軍が空襲を避けたのは本当か
2017-08-06 Sun 02:17
むろん嘘で、京都は大戦中に4度か5度空襲を受け、意外に大勢が亡くなりました。著者が知ったのは、たぶん1990年頃です。新聞トップコラムの「米軍は古都京都の文化財の価値を知り、空襲の対象から外した」と記された記事を、先に読みました。

直後に京都の読者からの指摘で、何年何月何日と4度の具体的な爆撃日が後日新聞に記載されました。京都の郷土史に記録されていたそう。今ネットに出ている爆撃回避説は、空襲の直前に終戦がきた根拠ですが、これはネット時代の新型デマです。逆に空襲何十回説は誇張デマ。

間違い解釈が続いた原因は、原子爆弾の初期ターゲットに京都がなかった情報が混線したからでしょう。が、その情報さえも嘘で、原爆投下に最適の都市に京都はリストされていました。原爆対象ゆえ焼夷弾空襲から外された順序ではなく、空襲被害がまだ少なかったから原爆で壊滅させるに適すると、あちらの当局は順当に判断したのでしょう。

東京は大空襲ですでに建物が灰だから、そこに原爆を落としても打撃はないと軍人は考えるはず。当時の米軍が、京都の文化財を心配した確かな証拠はありません。古都の保全を唱える学者肌の米軍人がいた事実があったとしても、存在感が後世にふくらまされています。

米軍京都保護説が日本で長く信じられた理由は、戦後の宣伝戦が疑われますが、軍事大国は文化大国だとの見込みもひとつ。さらには、文明と文化が比例する先入観でしょう。文明国は文化意識も高いイメージ。しかし現実は、文明は文化をつぶす主犯格です。両者は対立する。

二次大戦中にドイツにある美術品を、連合国が奪う映画がありました。金目への欲がらみと思われ、しかし建造物は絵のように運べないから関心もなく砲撃で壊し放題。だから今のアメリカでは、歴史建造物の見学は予約制です。敵国文化を消したい者なら汚損も平気だろうと、あちらの当局は順当に判断したのでしょう。
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