仮想通貨ビットコインと仮想アート作品のネズミ講エフェクト
2017-07-19 Wed 00:14
ビットコインは矛盾した存在です。誰もが自由に送金できるなら、テロ組織やテロ国家へも自由に送金できるから。ゲームや放送番組のガード解除プログラムと似たような反社会性があります。爆弾テロなどと闘う各国政府は、慎重になり制限もかけます。

そのビットコインがユーザーへの信用で決め手を欠くのは、ある焦点が常にぼけるからです。それは理論値の性能と、実質の性能の差です。たとえば、現金に戻す手続きの情報がなぜか少ない。戻させまいとするかのように。社長が横領したとされるマウントゴックス事件でも、関係者の説明はこうでした。「個人の悪事は、全体の安全とは別問題」。

しかし、マウントゴックスなる取引所は「いらない子」だったのか。その役目が全体の維持に貢献していたのなら、別問題に切り離せません。盗賊が取引係になれる制度は欠陥です。社長一人の持ち逃げが大手銀行一行の消滅に等しく、弁済は完全にゼロ。それを安全な仕組みとは呼ばないのが、普通の感覚でしょう。

実測値をたずねても理論値が回答され前に進まないやりとりとくれば、アートを連想します。机上の理想や願望のお題目は、アートに多い。ゴッホとポロックとも芸術だと言ったそばから、「芸術はデッサン」とは何のこっちゃと。話のわからない分野の横綱がアート。

アートもビットコインも、大きく値上がりするとニュースになります。ここで、仮想美術のビットアートを考えてみます。パソコンやスマートフォンで電子美術を鑑賞するヴァーチャルな世界。各端末のウォレットが不正防止装置で、一ビットアートの価値が変動する仕組み。

ビットコインと同様に、ビットアート購入者は他人にもすすめるはず。コイン数や作品数の上限があり、早期購入者は待てばネズミ講の効果があるからです。実はリアル絵画にもその構造があるので、絵の所有者が世に宣伝して資産増を図ってよいはず。そうしないのは、美術の価値は市民が決めず天が決めるつもりだからか。
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