現代画家の悩みは多品種になりやすいこと
2017-05-26 Fri 02:01
現代日本の画家の作品を扱っていると、過去にはなかったある問題が広がっていることがわかります。多品種化です。マルチ作風がとても多いのです。一人のやりたいことが多く、気が多い。

作風というものは一人に一つだけあるのが従来は普通で、人の顔でも森の風景でも、描けば雰囲気が共通するものです。デッサンのゆがみや、色彩の選び方、塗る筆タッチなどに個人のクセが出ます。しゃべり方みたいなもの。だから新作を見るとあの作者だとわかり、その特徴が個人ブランドにもなるわけです。

ゴッホもそうです。ミケランジェロのようなゴッホ作品はありません。絵を始めた当初は別にして、ゴッホらしさから遠くない範囲に全作品が収まっています。意外にわかりやすいのはピカソで、趣向が大変化してもピカソらしさが一貫します。生涯、自分ふうを外していません。どこで切ってもピカソ風なのが、ピカソ作品の最大の特徴。

日本の新しい現代画家は、作風系列が2種から5種もあったりします。しかも互いに共通する雰囲気がないほどで。具象と抽象を両方作る場合も、別人に思えるほど根底から違うことも多い。なぜそうなるのかは、世に既成品が多くそろっているからでしょう。作風見本がいっぱい。

作品のお手本や成功例に囲まれた恵まれた条件で、焦点が定まりにくい現象です。あれもいいな、これもいいなと感化され渡り歩きやすい。印象派以降のヨーロッパは、「今の時代はこれ」のメインストリームがなく、一人の中でも複数様式が同時並立できるし、やりたくなります。

そうしたマルチ画家を売り出すには、同一性を出すために顔となる作風を決めます。しかし才が発揮できている作風と、今やりたい作風が一致しないと、絞り込みは難航します。だからこそ美術にもプロデュースが必要だと考えたのですが、欧米でもチーム戦略が増えています。
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