陰謀説がなぜかアートの説明に出てくる理由
2017-04-17 Mon 01:33
大規模陰謀説がネットで目につきます。一例は、1985年にジェット旅客機が群馬県の山中に墜落した事故。524人中520人が亡くなる惨事でしたが、ネットには在日米軍がミサイルで撃ち落としたのが真相だと、繰り返し出てきます。自衛隊犯行説もあります。政府は今も本当のことを語らずに黙っている、と結んであって。何を感じますか。

そんな話は荒唐無稽だと国民がスルーしたら、むしろ信者は増えます。現代人の行動は、ネットにある記述に身を寄せる以外に幅がない面があるからです。何度も目にするからこれが正解だなと、人生経験の少ない者ほど考える傾向。目にした回数で素直に信頼して染まりやすい。

これは取り越し苦労ではなく、著者は企業の社員から質問されました。「1969年のアメリカの快挙は、自演の陰謀かどっちですか?」と。中学二年生ではなく、30代半ばの社会人も判断がつかないとは。全世界にある宇宙関連事業の数を、一考してみる想像力もないとは。

たとえば、22年を経た東京地下鉄サリン事件。重刑判決が出た犯人の多くは、その30代社員と特徴が似ています。有名大学理科系出身で、頭はよくても見識がない。地下鉄サリンのテロでは、犯人は学力と見識の落差が大きい者の集まりという顕著な特徴があったのです。

サリンの教祖は宙を飛べ、大手新聞コラムはこう書きました。「本当に空を飛べるかはともかくとして」と。この書き方は最悪で、明確に否定せずにぼかすと、肯定と解釈するのが見識なき者の脳内処理です。大人が暗に認めたと受け取る。世間がスルーした空中浮遊術に若年層は感心し、広く人材と寄付金が集まりサリンをまく準備が整いました。

「修行の成果で宙に浮ける人がいても僕はおかしくないと思いますよ」と真剣に言う若い部外者が、当時増えていたのです。同じ流れは、元々不思議が多い芸術分野で起きやすいと考えます。本書は新聞とは逆で、「ジャンプして高速シャッター」「トランポリン」「ピアノ線で吊る」「身体の後に鉄骨」「台を画像ソフトで消去」と書く主義です。
関連記事
スポンサーサイト
別窓 | 芸術アラウンドトーク | トラックバック:0 |
この記事のトラックバック
トラックバックURL