時代が進むほど自由が小さくなる?芸術の逆進性
2017-04-14 Fri 01:35
人がなかなか測りにくいものに、時代の自由度があります。昔にくらべ今はすっかり自由になった実感がじゃまします。難解なゴッホやピカソもすでに認められる現代は、古い時代より度量が大きいはずだと。

美術作品は年々許される範囲が拡大し、新作品もより自由になっている体感です。今の僕らは最高の物に触れるのも自由、知識もどんどん蓄積し、ほぼ全知全能を達成できている自信が、現代人の正直な文化感覚でしょう。歴史上のほぼ最上位へ到達できた僕ら、という自己採点。

「逆に僕らは不自由さ」「僕らは度量が狭く、やることも小さい」と本気で考える人はいないでしょう。そんな主張があれば、「現代人に何か恨みでもあるの?」「自虐的」と糾弾されそう。嫌われるタイプ。そんな本は出せないこと自体が時代の制約だとは、誰も気づかないという。

前に動画サイトに、古いテレビコマーシャル映像集がありました。昔は放映できて今はできない例として、殺虫剤スプレーのCMがあげられていました。当時まだ若い有名タレントたちがシューッと一吹きすると、ハエ、カ、ゴキブリが床に落ちたり、ひっくり返って死ぬ宣伝です。

今のタブーは死ぬことではなく、害虫が映ることです。虫は怖くて気持ち悪いから出しにくい。市販学習ノートで、アゲハチョウやカブトムシの表紙写真の廃止は2012年でした。昔の方がおおらかで、今の方が神経質。昔は多くが許され、今は少しが許される。昔は大胆で、今は臆病。その動く証拠として、昔のCM録画が釘を刺しています。

着目すべきはふたつ。ひとつは、前は許可で後に不許可になった表現物が多い。もうひとつは、後世の人は昔より自由なつもり。つまり、現実と意識の落差が徐々に開いています。古い漫画アニメも筋書きやセリフが引っかかり、今は発売禁止の巻があります。美術も似た傾向で、芸術を精神障害とする解釈が日本で増えたのも、許せないからでしょう。
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