超有名作品が別人の作とわかった時、何がどうなる?
2017-04-08 Sat 02:50
交響曲の数は、ベートーベンが9曲、マーラーは10曲、ショスタコーヴィチ15曲。1曲の規模は違うものの100曲以上あるハイドンは、「交響曲の父」と呼ばれます。最大級の人気が、『おもちゃの交響曲』です。キリキリキリ、ピヨピヨピヨと玩具の効果音が印象的なあれ。

しかしとっくに、ハイドンの代表曲ではなくなっています。ある頃に、レオポルト・モーツァルト、つまり超有名なアマデウス・モーツァルトの父親が作曲したと判定されました。その後、エトムント・アンゲラー作曲とわかりました。日本では世代によって、学んだ知識が三つに分かれます。英語サイトには、モーツァルト父作の記述がまだ多くて。

このように名作が別の作者のものだった場合に、地位の変動はあるのかといえば、もちろんあるのです。ただし時間がかかっています。ネームバリューが惰性するからです。写真家ロバート・キャパの場合も。

有名度世界一の『崩れ落ちる兵士』は、これで世界一となったキャパの撮影ではなく、恋人のゲルダ・タローが戦地外で撮ったジョーク写真だろうと、1980年代の雑誌『アサヒカメラ』だかで検証されました。実は2枚あって、コマが連続。ちなみにタローとは、ゲルダの友人だった岡本太郎のファーストネームで、気に入って名乗ったらしい。

美術絵画では、近世スペインの画家ゴヤの代表作『巨人』が、ゴヤ作でないと少し前に発表されました。『巨人』はでっかい男が町の向こうに立つ、ゴジラ出現のような絵です。ゴヤを特徴づける代表作でもあり、今から210年ほど前にしては奇抜すぎるので、20世紀シュールレアリスム(80年前)の先駆と称賛されました。

その『巨人』は今は、弟子のアセンシオ・フリアの作とされます。それなら、アセンシオ・フリアをすぐに巨匠と呼び、シュールの先駆と称賛すべきが、そうなっていません。歴史名作の選定に費やす時間がいかに長いかを、現在進行形で示す好例といえます。昨日のニュースで東京と神戸で収蔵品を来年展示するという、プラド美術館の話題でした。
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