第5集 現代美術はイカサマの詐欺か
2016-09-30 Fri 00:23
『現代美術はイカサマの詐欺か-芸術に近づき理解するためのQ&A-美術鑑賞のよくある疑問と回答集5』

現代美術がわからないのは、見る人の責任以外にカギがあります。実は現代美術にはトンデモなカラクリがあり、そこを押さえないと焦点を結ばず、首をかしげて終わるでしょう。現代美術入門の本にも、その部分は抜けていることが多いのです。ない説明はコピペもできず、だからネットのどこにも出ていません。

単に「美術がわからない」と言うと、ルノワールやフェルメール、ゴッホも入るでしょう。対して「現代美術がわからない」と言えば、20世紀以降の新興美術が対象です。20世紀に何があったかを冷静にたどる必要があります。この世紀に限って、特殊な例外が含まれるからです。

なぜ現代美術はハッタリっぽいのか、イカサマ感があるのか、だまされた印象が残るのか。カラクリの核心を説明した論はたぶんこれが世界初で、きっかけは1982年に発見された新種の疫病でした。その手があったと、現代芸術の進化論を書き直すきっかけになりました。

抽象絵画

61 売れっ子美術家の絵はなぜショボいのか
62 ゴッホはなぜゴッホになったのか
63 美術と怪談、感覚異常がつくる世界
64 現代美術はイカサマの詐欺か (タイトルエディット)
65 ダダ運動タイプ、現代美術のちりとてちん
66 三大画家タイプ、現代美術の変人たち
67 子どもに芸術はわかるのか
68 ヘレン・ケラーと抽象彫刻の世界
69 日本人はなぜゴッホが好きなのか
70 画家の目は贋作を見破ることができるか
71 夢路いとし・喜味こいしの漫才と芸術
72 ゴッホの絵はなぜ認められなかったのか
73 ボサノヴァの影と、ゴッホ『ひまわり』の陰影
74 文明は源氏物語よりも長生きか
75 芸術の反対語とマルセル・デュシャン
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第4集 ピカソは、わからない絵をわざとかいた?
2016-09-29 Thu 00:33
『ピカソは、わからない絵をわざとかいた?-芸術に近づき理解するためのQ&A-美術鑑賞のよくある疑問と回答集4』

日本人がわからない絵の代表格はピカソで、亡くなる1972年より前からそうでした。ピカソがわからないとの声は、今のネットにも相変わらずたくさんあります。安定維持というか、トップを走っていて。問題は、ピカソはわかるし難しくないとする論述もまた、共通する間違いをやらかしている点です。

ピカソ作品からずれた説明指導で学んでも、ピカソはやっぱりわからないとの結論に、結局は連れ戻されてしまうでしょう。甘言にやられた不服まで、新たに追加されて。言説と活字が生む社会教育効果によって、日本人はピカソオンチへと追いやられている面があるのです。44年のタイムロス。

ピカソ作品は実物も画像も大量に出回り、生前の言葉も周囲を通して世界に出回っています。なのに、後世の人はなぜいちいち曲解して鑑賞の障壁を設けるのか。どんな先入観でピカソを斬ってしまっているのか。そして、そのミスに必然性がある背景にも触れる長編です。

抽象絵画

46 ジャズとアートは似たもの同士
47 モディリアニとトレードマーク美術
48 芸能人の絵は正しく批評されているか
49 芸術は爆発だ!に困った日本
50 CG絵画は楽してもうかるのか
51 モナリザの重厚さは本物か?
52 現代美術がわかる人になる方法
53 ポロックの絵がわからない場合
54 超能力を楽しみ、美術を楽しむ
55 ピカソは、わからない絵をわざとかいた? (タイトルエディット)
56 美術は客観的か、それとも主観的か
57 東日本大震災の自粛vs美術の節度
58 画家は心を込めて絵をかくべきか
59 日本の原発と美術の共通性とは
60 20世紀最大の謎、ネッシーと抽象美術
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第3集 芸術の何がどう誤解されてきたか
2016-09-28 Wed 03:33
『芸術の何がどう誤解されてきたか-芸術に近づき理解するためのQ&A-美術鑑賞のよくある疑問と回答集3』

美術は難しい、芸術なんて理解できないと広く国民が感じている時、当然ながら美術や芸術への誤解も広まっているはずです。この本自体、定説や一般認識に対し「そういうことではないのだけれど」「それは定着したデマです」と、国民の脳内でからまった糸をほぐす目的になっています。間違いだらけの・・・式で。

アートの誤解ネタを並べたのがこの回で、「理解する意味」「優秀作品の理由」「価値の根拠」「制作の年季」など、あるあるといった感じで走ります。中には理屈としてすぐに納得できても、なかなか気持ちがついていかないものもあります。

1980年代の会談で記録した、美術何でも質問回答シリーズが元になっています。本音を書けるネット時代になったことで目につき出した、現代の複雑な誤解ネタには、後の単一テーマで突っ込んでいます。そちらは、この基本編を土台とした応用編になっています。

抽象絵画

31 日本における現代美術の立場
32 フランク・ステラとピカソ
33 芸術の何がどう誤解されてきたか (タイトルエディット)
34 これでわかった電子美術 1
35 これでわかった電子美術 2
36 美術の好き嫌いは天の声?
37 新しいことは芸術なのか
38 絵画の値段、一号いくらは合理的か
39 新潟市美術館長クビ騒動の読み方
40 犯行の動機、美術制作の動機
41 夢を美術に使えるか 1 占い編
42 夢を美術に使えるか 2 幽霊編
43 生きた線、死んだ線
44 独りよがりな美術は消えるべきか
45 ピカソの核心、何がどう世界一なのか
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第2集 芸術の破壊、何を壊すのか
2016-09-27 Tue 02:18
『芸術の破壊、何を壊すのか-芸術に近づき理解するためのQ&A-美術鑑賞のよくある疑問と回答集2』

「絵画の破壊」というような破壊混じりの言い方は、美術に少し深入りするとたちまち出てきます。「破壊することで芸術になるんだ」「破壊して創造に至る」など。歴史に残った作品は何かが破壊されているのは確かで、破壊と無縁な絵では何かが足りず浅いことは、普通の感覚からも推察できるでしょう。

しかし、それは手荒で乱暴な画風を指すのか。まさかそうじゃないだろうと思っても、その線で話が進んでいたり、イメージを引っ張っている論述なども実は多いのです。「破壊的創造」とくれば、スクラップ・アンド・ビルドを連想させるなどして。鑑賞者の心を破壊する意味なわけもないし。

「破壊」もまた字面を追っても見失う、美術のBuzzwordです。何を指すかが特定できずに、話が空転するトラブルの語。ここでは、具体的に絵の何がどうなることが破壊なのか、ケリをつけています。ものを表現する心理反映の深淵を直接活字にしたのは、世界でも珍しい記録です。

抽象絵画

16 歴史に残る美術は、なぜキモチワルイ
17 現代美術がネタ切れになる日
18 現代美術の目的は何か
19 芸術の矛盾
20 ヒトラーの絵とポップアート
21 プロコフィエフと現代美術の味
22 ジクレーとポップアート
23 白鳥の湖と現代絵画
24 具象絵画は終わりか
25 芸術の破壊、何を壊すのか (タイトルエディット)
26 21世紀デジタルアートの画商
27 現代美術は壊れた機械
28 ゴッホの絵はなぜ高額なのか
29 現代美術の冒険者たち
30 アール・ブリュットと現代美術
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第1集 美術館疲れとは何か
2016-09-26 Mon 00:43
『美術館疲れとは何か-芸術に近づき理解するためのQ&A-美術鑑賞のよくある疑問と回答集1』

美術館の展示室、ギャラリー、ホワイエなどを歩いて鑑賞すると、特殊な疲労を体感することがあります。「美術館疲れ」と呼ぶこの現象について、建築設計界で迷信が権威になっているせいで、美術の勘違いが地固めされ、庶民の芸術観をミスリードしたという話題です。

美術館関連のテーマは何度か出てきますが、日本の公立美術館は日本の空気の中にある以上、「芸術は難しい」「現代美術はわからない」「抽象はちょっと」に調子を合わせている疑いがあります。それらを是正するよりも、是認する側になってしまっている疑いです。

日本の一般常識に沿った運営では、美術がわからない国民が育ちやすくなる構造があることを再確認するものです。なお、これは美術館を特集した一冊ではなく、収録した15編のテーマのひとつをタイトルとしています。各冊とも同様です。

抽象絵画

1 この企画の目的
2 美術館疲れとは何か (タイトルエディット)
3 家庭で現代美術のCG版画を買ってみる
4 芸術の定義は簡単
5 ピカソの負の遺産
6 前衛美術はどこへ行ったのか
7 具象と抽象の境界線
8 絵をわかるvs絵の意味をわかる
9 美術の評価は水もの?というメカニズム
10 子どもの絵、幼児の絵は芸術か
11 美術の盗作、音楽のパクリ
12 青銅器で知る芸術の進歩と時間変化
13 デジタル絵画は絵の具を超えたか 1
14 デジタル絵画は絵の具を超えたか 2
15 美術のメセナはゴッホを拾えるか

「難しい」「わからない」「ちょっと」が曲がり角に来て、首をかしげるだけの自分を返上できる最終兵器。電子書籍分冊8冊合計2千円。無料ダウンロードソフトか、スマホの無料アプリでも読めます。
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日本人が欧米人より美術やら芸術が苦手な必然性がない件
2016-09-25 Sun 01:51
会社員も、自営業も、公務員も、美術と縁遠い毎日なのは、実は日本の場合です。ヨーロッパの市民は、美術に身近に触れる毎日です。画廊に限らず書店やレストランなどに、絵画や彫刻が展示されることも多く、しかもそこの作品も見られるだけでなく売れています。

ヨーロッパでは、会社員も自営業も公務員も、暮らしのアクセントからコレクションまで、絵や彫刻を個人所有して、それなりにわかっているという。この差はなぜ生じたのか。日本国民の教養がそこだけ空白なのは、明治維新以降の歪みではと推察はしていますが・・・

日本で、美術なんて難しい、現代はわからない、抽象はちょっと、と当たり前のように言い合い溜飲を下げるうちに、世界から取り残されていました。しかし21世紀になって、各個人がわからずやであり続ける必要はないし、生涯を通して芸術が苦手である義務もないでしょう。身長体重のハンデがない分野だから、得意でもよいぐらいで。

ただしアドバイスを名乗るアート情報もまた、取り残された内容です。美術は難しいとの嘆きや、芸術はイカれているからわからなくて当然、あんなのに近づいちゃだめとか。逆に簡単だよと言って、名画の見方を個別に教習する解決法だったり。当時と異なる先入観に沿ったほめちぎり満載とか。心を広く持て式の精神論とか。

美術は難しいという訴えも、簡単だという説得も、どちらも芸術の懐に入り込めていません。出回る活字情報は、国内の空気をそのままなぞったにとどまっています。改善するエネルギー源が見当たらない。そこで、全く違う切り口を用意しました。
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芸能タレントの絵を、上手とほめるか、上手とけなすか
2016-09-24 Sat 00:58
上手な絵という言い方は当たり前に使われます。あの絵はうまい、上手だね、これはへただねと。しかし上手の語は、現代の芸術のほめ言葉にフィットしていない問題があります。たとえば芸能タレントが絵をかいて、公募コンテストで入賞したとします。

インターネットに集まるアンチたちは、「めっちゃへたくそな絵だ」と書き立てます。技能が低くデッサンが狂っている意味です。へただへただの大合唱。しかし「へたな絵」は、果たして芸術的にどうかという観点があります。周辺エピソードなどではなく、核心の議題です。

美術の本職より制作の腕が落ちる歌手や俳優に賞を出す主催者へ、人寄せパンダとしての歓迎かなど批判が出るのもいつものこと。本職を一人押しのけてまで、などと。ところがゴッホのデッサンはゆがんでいて、ポロックはデッサンが採点不能です。歴史的な巨匠の方が芸能タレントよりへたな、デッサンが狂った絵をかいています。

新作絵画のへた呼ばわりは、ハードロッカーを「叫んでいるだけで歌になっていない」と言うのと似ています。多様化した現代にしっくこない批判です。その叩き方では、こき下ろせていません。美術の「上手」はバズワード(Buzzword)になっていて、「やばい」と似て良し悪しが不確定性なのです。

新聞やテレビよりうがった(的を射た)意見が主導するとささやかれるネットでさえこんな状態で、なるほど「美術は難しい」「現代美術はわからない」「抽象はちょっと」が今も多数派なはずです。

上手へたで語る人が多いせいで、間違った芸術評価法が伝言ゲーム的に連鎖していると考えられます。本書で何度も触れた周辺の話題は、情報伝達と洗脳についてでした。触れた情報に人がいかに染まり思想形成するか、芸術が苦手な人を生み出す背景が広がっています。
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現代アートフェスティバルの勢いをローカルから広げる
2016-09-23 Fri 02:40
日本のこれまでの現代アートイベントは、地域への経済効果は十分であっても、美術界への効果はわずかでした。具象画の売り上げにも貢献していないし。世間一般からは二軍扱いされたのは、「現代美術はわからない」「抽象はちょっと」が国民の大多数だったからでしょう。毎度ここがネックです。

そのせいか近年のフェスティバルでは、町の知名度アップや経済波及の予想金額、移住やUターン誘致を前面に出していたりもします。アートは主役というより舞台背景の役に流されてしまい、もう花より団子でいいやと割り切った感じで。単なるきっかけですと導火線扱いされたり、街づくりのBGM的に流れているアート。

さて状況説明はこの辺で、まず芸術の本を出版しました。内容は美術への質問と回答集です。「美術は難しい」「現代美術はわからない」「抽象はちょっと」から決別して、どんな作品でもピンとくるよう、心が閉じない心得みたいなものとなっています。

たとえばゴッホとポロックは作品が似ていませんが、それぞれに見方や味わい方があるなんて言われても、個別対応では手に負えません。全然簡単じゃないし、美術は本業でなく、誰も個々に暗記して回るほどヒマじゃないし。ゴッホとポロックが人類の行動の線でどうつながるかが、一番欲しい話題なのです。

ゴッホもポロックも上手な絵とはいえず、ならば上手とは何なのか。この語がそもそも怪しいぞと、序盤から疑惑が現れます。こういう身近な引っかかりから入って、からまった糸を早くほぐすための本です。
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現代アートフェスティバルのポジションの裏読みと真相
2016-09-22 Thu 00:07
少し難しい話ですが、地方でのアートフェスティバルは、現代美術の立ち位置を暗示しています。はっきり言って、メインでないサブの位置。ルノワールにくらべ、ポロックはオプション的というあれです。

大都市を離れた現代アートフェスティバルには、弱い立場同士タッグを組む作戦とする本質論があります。許されざるものが、許される場に集結するというか。悪く言えば、都落ちといえなくもないビミョー。国民の目に映る現代アートは、言ってみればB級グルメ感覚なのです。

そうなってしまう一因は、現代美術の活動が若者中心な点です。実際には長年作った高齢ベテラン作家もいますが、イメージは若者の世界が先行します。現代アートは、駆け出しで未熟で刹那的。青春の一コマを刻んでやがて出演者たちも卒業する前提の、今だけ感がありあり。実際とは違う、そうした国民の先入観があるのです。

話を変えましょう。アメリカの音楽フェスティバル『ウッドストック』で、ロックは一般化しました。隔離したアングラを脱して、一般社会にコンテンツが普及してA級化を達成。みんなの資産になりました。これにならって現代美術も、日本で一般化できないかと考えてしまいます。

現に欧米国では、現代美術はA級の一流扱いで花形です。アートフェアと呼ぶ特設市場は、純粋に売買が目的で。メーンエベントの大型フェア会場を中心に、プロ画廊や臨時ギャラリーが並び、アート週間がつくられます。それも年に2回や4回も。全て現代美術なのがミソで、過去より現代に入れ込む欧米の姿です。

日本の現代美術は『ウッドストック』フェスティバルを繰り返してはいますが、一般化せずに青春時代が長引いています。「もうひとつの美術の台頭」的な振り出し状態に、いつの間にかまた戻っていて。いつまでたっても新参者。ここでテコ入れすることを考えます。
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現代アートフェスティバルの盛り上がりは何を意味するのか?
2016-09-21 Wed 04:31
アートフェスティバルが盛況です。過疎と不況の地方都市、小さな町をアートで活性化し復興させる地域おこしが、いくつも人気沸騰中。テレビやラジオでも、ブームの話題になっています。現代美術を核とする楽しいイベント、ぜひ行ってみたいもの。

過去に何度もありました。1950年代は、アクションアートの前衛芸術運動でした。60年代のブームと似るのが、80年代の「美術のまちづくり」でした。こちらは時流や雰囲気が今とも似ています。

その80年代ブームの主役はインスターレーションで、床に砂を敷き家電ゴミを置く環境作品が大流行しました。新聞紙を壁に張り巡らせたり、バケツを200個並べた作品なども。しかも、大都市から地方の町や村まで日本全土を巻き込み、行き渡った盛り上がりでした。同時に全国的となったのが、駅前やビルの公開空地に彫刻を置く運動でした。

急増したアートギャラリーやパフォーマンス広場ですが、しかし88年にはいっせいに消え始めました。いわゆるバブル好景気の数々の社会現象は、アートが去ったその後のことです。好景気の前座がアートという順序があります。

ところが、ブームの置きみやげとして国民が現代美術に開眼したり、買ったりは起きなかったのです。「現代美術はわからない」「抽象はちょっと」は相変わらず。当時のトピックはゴッホの『ひまわり』や、アメリカの高額な版画など、やっぱり具象どまりでした。

今ネットに見る本音「現代と抽象は苦手です」は正直で、あれから30年たっても日本の美術界は繁盛せずじまいなのです。こうした、現代アートイベントブームの過熱と沈静の落差もまた、日本に特有です。熱しやすく冷めやすい。日本で現代美術が空振りし続ける原因を調べて、今度こそ何かを変えたいと考えています。
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わからない美術は現代的だから?、それとも抽象的だから?
2016-09-20 Tue 03:57
美術鑑賞で最もよく聞く声に、「具象はわかるが、抽象はわからない」があります。それこそ耳タコなほど。「具象画は好きですが、抽象画はちょっと」も同じ意味です。考えてみれば、鑑賞者の能力不足の告白なのに、ネットのアートブログでもたくさん見かけます。

抽象がわからない人が国民の最大多数である安心感があるのか、正直に堂々と言えるようです。「僕は抽象美術が苦手です」と言うと、「僕もです、気が合いますね」なーんて人脈がつくれそうなほど。抽象がわかると言い出せば、逆に仲間はずれになりそう。

並行して「現代美術がわからない」という訴えも根強くあります。わからない抽象とわからない現代、二つの関係はどうなっているのでしょうか。ある美術はわかり、ある美術はわからない時、その差は何か。重大な分岐点です。

無視できないのは、「具象はわかり、抽象はわからない」の声は少なくともヨーロッパではあまり聞こえないことです。そしてヨーロッパで美術といえば、もろに現代美術を指します。単に美術展といえば、コンテンポラリーです。展覧会などイベントのタイトルに「現代美術展」と記す必要が、欧州にはありません。

日本は違います。普通に美術といえば、古典的な具象が前提です。ルノワールやフェルメールなどが標準的な美術です。彫刻ならロダンやマイヨール。対してポロックなどは、普通の美術というより特別枠で意識されます。何となく、ノーマルとは違うオプション的な扱いです。

抽象が苦手なのも、現代が苦手なのも、日本で顕著です。言い換えれば日本の隠れた伸びしろであり、また美術業界が持て余している伸びしろでもあって、でも今は伸びていません。なぜ伸びないかを考える時が来ています。
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ゴッホへの敬愛と歴史認識のギャップ
2016-09-19 Mon 00:05
美術家は、周囲の人から芸術に関する質問をよく受けます。友人知人からも。誰にとっても芸術は謎多いから、疑問は当然あるはずで大いにけっこうです。ただし、質問者は全然何も知らないわけでもなく、ある程度知った上での疑問でしょう。

ところが質問者の脳内で、情報が複雑にからまっていることがよくあります。容易にほぐれそうにない状態。からんでしまう元というか、中心に位置する強い思いとしてよくあるのは、ゴッホへの愛です。ゴッホは素晴らしい絵をかいた偉人で、天才の大先生というリスペクトが、実はトラブルの元です。実感が歴史と合っていないのです。

人は歴史と距離をとるのは苦手です。一例はマリー・アントワネット。「パンがないならケーキを食べればよいのに」と言った伝説があり、王室セレブが庶民に向けた、ずれた言葉として今も引用されます。

すでに知られていて、ルイ16世のフランスでは上質の小麦でパンを製造し、低質はケーキ(菓子に相当)に使ったので、パンとケーキの値段が今と逆だとされます。当時のケーキはリーズナブル。要するに安物。

そんな重要ポイントがわかった後も、このエピソードは世間知らずの為政者が気ままなことを言う文脈で、誤用されることが多いような。歴史は後世の人の感覚や願望で丸め込まれやすく、人々が見たいように見えるもの、ということでしょうか。

似た中途半端は、ゴッホでも起きています。ゴッホを偉い画家と呼んでしまうと、現代の偉い先生に重ねて見上げることにもなり、実体とかけ離れた人物でイメージされます。しかし作品を見るたびに、現代の偉い先生と全く重ならないせいで、何が何だかわからなくなります。
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現代アートがわからない責任は誰にあるのか
2016-09-18 Sun 01:08
ネットのニュースや意見交換の場で見かけるコメントに、「文章が長すぎる、3行にまとめてくれ」というのがあります。200行ぐらいある評論記事への苦情ですが、これが現代美術を鑑賞する時にひそむ問題と似ています。

苦情を書いた人は、いわゆる読解力(どっかいりょく)が乏しい可能性があります。長文だと頭に入らず、うんと短く要約してようやく頭に入るタイプだとか。

しかし逆の問題も考えられ、文章のまとまりが悪く内容が散らかっていて、成果品の体をなさない悪文になっている可能性もあるのです。だから、受け手と送り手の、どちらにも嫌疑はかかります。

美術で「作品が難しすぎる、わかるように作ってくれ」が出た場合も、同様にどちらの可能性もあるのです。そして実際の責任配分が、半々だったらどうすればよいのか。鑑賞者と作者の、両方ともに難点がある場合・・・

鑑賞者がダメなんだという主張も、作者がダメなんだという主張も、どちらも的中しないわけです。こうした「話のわからない一方的な説教」ばかりが目に入ってくれば、白けちゃって美術をわかる気もしぼむでしょう。適切な批評が出にくい環境は、意外に致命的です。

鑑賞者と作者の落ち度が10対0なのか、0対10なのかを単純化して片寄せた話だと、国民はピンときません。しかしまた5対5なら、見る人と作品が和解できないでしょう。さて、どうするか。
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現代美術がわかるようにする特別なスペシャル特集
2016-09-17 Sat 21:37
美術や芸術なんかわからなくてもいいやと、あきらめてしまっている方へ。一回きりの人生だから、そこの空白を埋めませんか。

美術について何かひとつだけ知りたいことはありませんか?と問われたとすれば。「現代美術がわからない」と、多くが感じているのではと思います。モダンアートもコンテンポラリーアートも、なーんか難しくて意味不明で、何も伝わってこない。だから楽しめないという相談が多そうです。

でもこれって注意が必要です。それがひどいのは実は日本だから。他国にはわかる人が多いことは、意外に知られていません。外国にはわからないと訴える人が少ないのです。アートが難しいという生涯の悩みは、日本人に突出している面があります。これは日本病といえます。

日本人が現代美術が苦手で、現代以外の古い美術全般も苦手なのは、日本国内に良い情報が出回っていないか、悪い情報が多いからかもと疑ったことはありませんか。誤解をまねく情報が幅をきかせていて、真面目に勉強するとかえってずれていく構造がある疑惑です。

「美術がわからない」と日本国内でこれほど言われ続けるのは、日本語の美術情報に共通した欠陥があると考えてもよいはず。このサイトは、その部分を謎解きするものです。

ただしここでは美術の見方を教え込まないし、現代美術の魅力を説教しません。それだと昔のオンガク(音が苦)の二の舞ですから。美が苦はパスしましょう。それよりも、美術でいったい何が起きているかを説明します。アートの何がどうなっているのか、どこがあれなのか、耳寄りのヒントを発信します。
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