111 鏡はなぜ左右だけが逆に映るのか
2016-11-15 Tue 00:38
鏡はなぜ左右逆に映るのかは、それだけで本が何冊も書かれてきたほどです。上下は逆にならないのに、左右だけが逆になる不思議です。鏡の謎は他にも、向かい合わせの鏡に映った像はどこまで続くかや、映った物を写真に写す時のピント位置など、いくつかあります。

しかし本を読んだ後も、鏡の左右逆転の謎は再発しやすいのです。ネットにも謎解きは出ていますが、なるほどと思わせるわかりやすい誤解釈で納得し合っているケースもみられ、かといって正解の説明は意外にわかりにくいのも特徴です。

ここでは、鏡が左右逆に映る謎の核心をさっさと説明し、そのあっけなさと同時に底知れない奥深さを示します。わかったはずなのに、理解がふと逃げていくという。そして、抽象美術がわからない人の脳のはたらきが、鏡の反転の謎がわからない時と似て、あっけなさと底知れなさのはざまで堂々巡りしやすいことを指摘します。

他人には何でもないことが、自分にはどうしてもわからない。もう一生絶対に理解できないと思い込んで投げてしまう発端が、実にあっけなくも奥深いという、不思議な二面性を持っている暗示です。芸術がわかるわからない以前の第一ハードルとなっている、抽象的な時点で自分はもう絶対だめという心理の謎に切り込みます。

第8集に収録
抽象絵画
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104 美術鑑賞の予行練習
2016-11-14 Mon 00:53
最近テレビであったというハプニングです。交差点の種類は、四つ角を十字路と呼び、その四道路のひとつがない三つ角を丁字路と呼びます。「じゅうじろ」と「ていじろ」。道路交通法にも、そう明記してあります。ハプニングは、番組取材中に道をたずねて起きました。

地元のおじさんが「ていじろ」と何度も言うと、タレントが皆で笑ったのです。リポビタン・デーでも連想したのか、「ティージロ」の田舎なまりが「テイジロ」だと思ったらしく。漢字のていを英語のティーだと間違って想像した「T字路」なる俗語の方が、正しい日本語だとタレント全員が思っていて起きた失笑だそうです。

この件に反応したネットにも、同様の勘違い単語が報告されました。やはり、誤解の人が正解の人を笑うケース。キャンプでご飯を炊くあれを「はんごうすいさん」と正しく言う人が、「アホか、はんごうすいはんだよ」と他人に言われた体験の数々です。「飯盒炊爨」を「飯盒炊飯」と覚えている人が多いらしくて。

単語の発音を聞き違えて、当て字で覚える現象の多発は、美術鑑賞にも関係します。瞬時の脳のはたらきで創造作品の排除が起きるメカニズムを、思想衝突でなく生理現象で説明するおもしろ話題です。「ココナツの島」「ひなたごっこ」など著者に起きた勘違いを多数並べ、丁シャツや丁定規はなくとも、江戸裁判所や重いコンダーラは出ます。

第7集に収録
抽象絵画
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81 現代美術展はなぜつまらないのか
2016-11-13 Sun 00:30
せっかく来たのに、現代美術展がつまらないと感じる。それは鑑賞者の不勉強が原因ではなく、現代美術の作られ方にある種の集団的偏向がある場合が多いという問題です。偏向が全般的だとすれば、見て納得の人と落胆の人に分かれたままなのもおかしくない理屈です。

現代美術は同人化されぎみで、鑑賞者の入口は最初から小さいのです。そして、現代美術を理解する本やガイドがたくさん出され、どれも個別の入口へ鑑賞者を引率しています。現代美術の独特のハードルの高さは気のせいではなく、制作の私的関心の片寄りに由来します。太古の遺物や古典名作とは、また異なる障壁があります。

それは要するに、作り手と鑑賞者で欲しいものが食い違っているからであり、人々が求めるものが現代美術に抜けている問題です。現代美術家がやりたくてウズウズしている部分が、鑑賞側にはさしたる価値を持たないという、すれ違いがあるわけです。ただしこの件は新旧アートの世代対立に話がそれがちで、適切にかみ分けた論は珍しいのでしょう。

本書では、現代美術家がやりたいことを多様に記していますが、鑑賞者が求める「多様化しない共通部分」「普遍的な核心部」も書いています。現代人が現代美術に足りないと感じるものを、突き止めておく必要もあるからです。きれいさが足りないとかじゃなくて。「時代遅れの人にはつまらない」と、簡単に片づけるのをやめる方向で。

第6集に収録
抽象絵画
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71 夢路いとし・喜味こいしの漫才と芸術
2016-11-12 Sat 00:22
おもしろい漫才とつまらない漫才に、かなりの開きがあると感じている人は多いことでしょう。笑えないし、おかしくもない漫才もあると。ここでは、あたり漫才よりもはずれ漫才が圧倒的に多いと感じている視点に立って、漫才芸術論を語っています。

漫才のおもしろさには、美術作品の感興と似た点があります。おもしろいギャグが含まれている意味ではなくて。しかしおもしろくなりかかった瞬間に、演じる側がつぶしている失敗も多いのです。そこで、画家がおもしろさをつぶしている絵画にありがちな失敗と照合しました。

漫才の命は、勢いやテンポよりも言葉です。会話のロジックが到達度を決めます。言い方や顔の表情よりも文脈がおもしろいのです。ファンだけが笑う漫才と、全然知らない他人も笑う漫才の差は、意外にも文学的な部分にあります。演者は漫才なんて芸術じゃないと言いますが、実際には裂け目をつくり出す芸術クリエイトの典型です。

しかし多くの漫才は大事な場面で配慮が足りず、芸術的なおもしろさを殺して自滅しているのが現実。一般に、芸術には高尚なイメージがあります。だから指南役は「芸術は高尚ではない」と言うのですが、言ったそばから高尚な話がまた始まります。高尚でないなら、フェルメールより先に大衆演芸の芸術性にさっさと言及して欲しいところ。

第5集に収録
抽象絵画
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54 超能力を楽しみ、美術を楽しむ
2016-11-11 Fri 00:02
スプーン曲げは、1970年代には科学を超越した念力とされました。本物の超能力はあると思うと多くが言い出し、90年代の新興宗教家の空中浮遊術へと続きます。しかし今日では、超能力は芸術と同じエンターテインメントのカテゴリーに変化しました。科学で扱うこともめっきり減って・・・

ネット時代に、超能力を信じる声はさらに減りました。人間が持つ隠れた超能力に果てしなき可能性のロマンを感じていたら、こうやりますと手品師本人が映像でタネ明かしを始めたからです。手品用品販売とアクセス広告収入目当てに、動画サイトでマジックのネタばらしラッシュ。

このテーマでは、人が超能力を信じる、信じたくなる心理を解析して、美術品を見る際に起きる共通した心理を推測しています。神の力を持つ人間の存在を信じるのと似た、しかしそれとは別の思考パターンが、美術との交流を阻害する要因になるというのです。

他人の行動が自分の理解できる範囲を超えた時に、人はどう不安心理をなだめ、乱れた気持ちを合理化し整理するかというシビアな話題です。「曲がれ」と言わずとも曲がってしまう作品解釈、ゆらめく心の闇の部分にまで、読者に迎合せずに切り込んでいます。

第4集に収録
抽象絵画
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43 生きた線、死んだ線
2016-11-10 Thu 00:51
現代抽象画と近代具象画は、まるで水と油の関係です。が、実は共通した悩みでつながっています。具象画について今昔をくらべるだけでも、昔の方が生きた線の出現が多いのです。日本の近代洋画の古典的な有名どころは、意外に生きた線を引きまくっていた事実があります。具象か抽象か以外に、線の生死でも絵は二分できます。

絵画で、ある形式が長期間作られ続けて、当初は線が生きていたのに、全般にだんだんと線が死んでいき、ついには死んだ線ばかりで描かれる現象が世界中にみられます。陶芸でもそうです。あげくに、線の生死を見分ける人もいなくなって、どっちでもよくなってしまうパターン。

その過程で、生きた線の豊穣感や生モノ感が目にさわり、嫌う逆転現象が起きます。硬くて無表情な線に感覚が合う変化です。音楽でいえば、デジタルシンセサイザーやシークエンサーの打ち込み系になじめ、なまなましい生楽器をうっとおしく感じるような。食品なら濃厚さが気になって、特徴が薄まった加工食品が食べやすい、あんな感じかも。

生きた線がめっきり減って、線の死んだ絵が主流になる現代。これは、作者が難易度その他によって失敗しているだけではなく、鑑賞する側も軽薄短小へ嗜好がスライドしていくせいではないのか。カニより、カニふうカマボコが主流になる変化。背後に人類史の大きい流れがあるとして、文明問題を含めています。

第3集に収録
抽象絵画
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18 現代美術の目的は何か
2016-11-09 Wed 00:46
人は何をどうしたくて、アートなるものを作るのか。そして、現代美術は何のために存在するのか。もちろん時代によって場面によって、変わっていることは見当がつきます。

時がどんどん流れて、美術はどう変わってきたか、美術が折々に何かを得たり失った流れをたどれば、現代美術の見方も焦点を合わせやすいかも知れません。もっとも、絵が18世紀前半と後半で違うような細かい話は不要で、ざっくり大づかみにとらえることが大事でしょう。

人類の芸術の原点は太古にあって、凝縮された古典が残されています。新しいダ・ヴィンチやクールベを原点にしても、芸術の本筋は見通しがききにくい。ところが、現代人は太古の芸術にだんだん心通わなくなっています。太古のガチな造形が、現代の許容からはみ出し手に負えない状態です。アート感覚のモヤシっ子現象というような。

ここでは、美術の芸術性の表れ方をひとつあげています。作品の何がどうなっていれば芸術を感じるか。歴史名作を選ぶ人間の意思が、作品のどこに注目してきたのか。そのひとつは表現の多重現象であり、先に示した裂け目へと話がつながっていきます。

第2集に収録
抽象絵画
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15 美術のメセナはゴッホを拾えるか
2016-11-08 Tue 00:32
メセナとは、民間の芸術支援です。官が加わるとまた別らしくて。日本に美術メセナがあるのは、優れたアートを発掘する好ましい体制と思われることでしょう。しかしよく考えてみれば、公募コンテストでは優れたアートを発掘できないのか?と突っ込みが可能です。

応募作から選抜する公募展は、本来はメセナにもなっている理屈です。新しい若い胎動、あるいは長年見過ごされた隠れ創造を、情実や縁故を排して、白昼堂々と支援するのにうってつけです。しかも日本は欧米と違いコンクール主導で動いているのだし、レッテル張りだけでも効果が大きい分野なのだから、支援コストも少なくて済むし。

メセナを別に設けるのは、公募コンテスト展では芸術創造は選ばれないと言わんばかりです。メセナが当て馬のごとく導入されて、公募コンテスト展の面目がつぶれています。才能探しにさして役立っていないと、暴露したかっこうのような。ああ困った。国民の関心の外だから、ひとまず炎上をまぬかれている状態。

裏返せば、日本のメセナは公募展の延長だとか、得られる効用も公募展相当かもという疑いになるのです。ここではそうしたロジックとは別の視点で、芸術創造がメセナではどの道もれてしまうメカニズムを追っています。芸術に翻弄される人類の運命を、冷静に理解する話題です。

第1集に収録
抽象絵画
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112 テレビ番組はなぜつまらないのか
2016-10-24 Mon 00:48
芸能タレントの何人かが、テレビ番組はつまらない、このままではテレビ業界はおしまいだと言い出しました。今のテレビ番組がつまらないという実感は、国民に広く起きている問題のようで、視聴率の低調や全く見ない人の増加にも表れています。

これはテレビ以外の娯楽へ客が逃げている問題とは別に、テレビ番組の出来が確実に悪くなっていることを、国民の大勢が感じ始めている問題です。テレビとネットをくらべるのではなく、昔のテレビと今のテレビをくらべた落差があるのだと。

あるジャンルが全体的に行き詰まって業界人が悩むというのは、アートでも起きました。アートと似たことが、今日のテレビでも起きているかも知れないという着眼が可能です。

まるで現代美術を追いかけるかのように、今度はテレビがダダ運動タイプに傾斜する現象を、ここで指摘しています。そしてテレビは商業娯楽でありながら、芸術性はやはり表れるのです。表現物の全てに、芸術性のあるなしへの分岐は生じます。テレビ番組がお客とずれてきている問題と、作品をおもしろくする解決を考える話題です。

第8集に収録
抽象絵画
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96 写真は芸術か? 1 心霊写真編
2016-10-23 Sun 00:27
写真は芸術ではないという説は、日本に根強くあります。写真をアートとして考える人を一笑に付し、こきおろす意見が以前からありました。ネット時代の今に始まったことでもなく、日本の民意として写真は芸術の仲間外れや二軍扱いなのです。現に売買市場がなきに等しくて。

しかしヨーロッパは、日本の写真アートに期待しています。それもそうで、世界中の報道カメラは日本製だからです。自動焦点かつ一眼レフ(ミラーあり)という高級小型カメラは、世界で日本国だけが商品化できています。世界のプロは全員が日本製ユーザーだから、日本の写真作品にも何かがあるはずだと注目するわけです。

写真作品に芸術に値するものは宿らない、あるいは撮影作業は芸術行為ではないとする考えと、それがなぜ日本に多いのか。理由を探り、日本人の芸術観の根底にあるものに触れています。

便器を置けばアートと解釈する破天荒な時代に、写真に限ってアートから排除したがる不自然な不寛容が、ちぐはぐに思えないでしょうか。ここでは、心霊写真をめぐって日本人に潜伏する写真への教条的な思いを確認し、日本で写真アートが低い扱いを受け、広告写真家以外のフォトアーティストでは食っていけない問題を考えます。

第7集に収録
抽象絵画
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84 芸術がわからない人は世に何人いるのか
2016-10-22 Sat 00:36
日本で「自分は現代芸術がわからない」と言えば、国民の多数派に属する常識人宣言になります。現代の芸術作品なんてわからないのが普通とされ、それは日本人が現代アーティストという人種とあまり関わりたくない気分でもあるでしょう。

ところが、わかる人には最初から壁がないから、わかるといちいち宣言しないわけです。そこに、わからない派の油断があります。先進国の市民の中で、実は孤立していた。めったにいないだろうとみていた「現代芸術がわかる日本人」は、意外に身近にもいるのです。

ここでは古典具象と現代抽象という分け方ではなく、二点の作品に大差があってもわからない人は、なぜそうなるのかという問題の立て方になっています。たとえば「偏見をなくせばアートは簡単さ」と教える人も、本人はそんな鑑賞法は実行しません。世の中に美術に関するノイズが多すぎて、偏見なき視点なんて最初から無理だからです。

誰もが図工や美術科目を通して、美術への先入観は持っています。ネットには、抽象がわかるやつは頭がおかしいと憎々しげに書いてあるし。普通の人が、それら見聞きするノイズに打ち勝てるわけもなくて。それならば、日本人が芸術オンチへ曲げられていく原因の障害物を具体的にあげて、先回りして知った方が補正に役立つことでしょう。

第6集に収録
抽象絵画
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65 ダダ運動タイプ、現代美術のちりとてちん
2016-10-21 Fri 00:17
ダダというのは、後発の便器アートに代表されるような、アートの意味を拡張した運動でした。便器アートはレディーメード(既製品)に分類されますが、それが世界的な潮流になったという話題です。

ダダ運動タイプが広まると、美術、芸術が苦手な人が世界中に爆発的に増えたのです。美術がわからないのは、気のせいではありません。馬鹿だからではなく、賢いからやられるわけです。アートが社会から浮いていったのは事実です。ところがところが、敬遠する声とおもしろがる声は、実は同じ反応の表と裏なのです。

というのも、便器アートも全く誤解されているからです。どう誤解しているかを理解する時、何とそこで抽象思考が必要になるのです。誤解をほぐす時に要する抽象思考とは。単に見上げたり見下ろすイエスノーではなく、ここで現代アートに何があったのか、成り行きを整理し分別しています。

過去の誰もうまく言い切れず、簡単だぞという肯定派の説明さえ空回りしがちだったあいまいさが、便器アートに集中しています。敗因は便器アートを具象で認識し、ブツを知っている親近感をつたった間違った鑑賞法が蔓延している点です。そこを初めて明快に説明しています。全編47万字中、美術の虚実を解く最もカギとなる一編です。

第5集に収録
抽象絵画
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47 モディリアニとトレードマーク美術
2016-10-20 Thu 18:59
音楽の作曲につきまとうのは、「できることが年々狭まっている」という悩みです。よいメロディーは昔の人たちがやり尽くし、満点の正解曲は先取りされてしまっているからです。後世ほど大傑作が減り、細部をひねった煮え切らないプチ佳作ばかりになっていく理屈です。

この悩みは絵画や彫刻にもあって、新世代たちはやり残されている小さなすき間を探し回って、やっとのことで何とかオリジナルといえる作品を成り立たせています。それができない場合は盗作という奥の手。もう最後の手段ではなく、最初からパクリ制作が常習化していたりもあり。

美術のオリジナルの手法で、「トレードマーク美術」という概念を考えました。モディリアニの絵に見る首が長い女性像のように、ワンポイント的なデフォルメで差異化を図るタイプがそうです。どれも口をあけているとか、目がきついとか。その手法の存在意義や、可能性や欠点を話のタネとしています。

「美術は簡単だ」というアドバイスで多いのは、「心を広く持って、柔軟な気持ちで見よう」式の精神論です。それは無意味なアドバイスで、それより画家たちがどういう追い込まれ方になって、何に苦心しているかの方がより迫真的なヒントになるでしょう。「作っているやつらの苦労を見てやろう」という興味です。

第4集に収録
抽象絵画
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42 夢を美術に使えるか 2 幽霊編
2016-10-19 Wed 00:19
幽霊などの怪談話やオカルト系のエピソードが、本書にはいくつか登場します。怪談話と絵画にはアナロジー(類推的要素)があって、親しい関係だからです。

多くの人が怪談を誤解しています。怪談話は公式の報告書とは違うのです。怪談に公平公正はなく、逆にあの手この手で読者をだまそう仕組んだ民話であり、物でいえば手品に相当します。起きた順序を逆に書いたり、部分誇張や壮大な尾ひれ追加と、ネタばれ情報の省略や書き換え。人をだますエンタメ企画物です。

ところが多くの人は、公式の発表だと思ってしまいやすい。そんな怪談と似ただましのテクニックが古典絵画にもあります。何かを逆に描いたり、部分誇張や尾ひれ追加、ネタばれ情報の省略や描き換え。絵画作品もまた、人をだますエンタメ企画物です。

ところが多くの人は、古典絵画も公式の事実報告だと何となく思っています。怪談を真に受けるのと同じように、絵画に描かれている事物を真に受けて思想形成する。当時の証拠写真のつもりで・・・。画家がそこにもぐり込ませた夢と現実を混ぜて生じる、不思議なナンセンスを上手にキャッチして、怪談のように絵画を楽しむ異色の話題です。

第3集に収録
抽象絵画
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20 ヒトラーの絵とポップアート
2016-10-18 Tue 00:58
ナチスの総統アドルフ・ヒトラーは1945年の自決後も、生存やUFOや南極や火星など都市伝説が多くあります。オカルトではなくリアルな話題として、ヒトラーがかいた古い絵が、2007年のオークションで高値で落札されました。国際ニュースが駆けめぐり、しかしどのコメントも一面的で、美術界のスクラムは微動だにしませんでした。

「ワルが作ったアートは評価できない」という道理と、「有名人は凡作でも高く売れる」という、少なくとも二つの道理がからんでいます。超有名な超ワルならば矛盾が生じ、超凡作がどうなるかという問題です。この簡単に片づけられない人類の不安を整理するために、ヒトラーの作品に言及したやや長編です。

「ヒトラーが傑作を手がけていたらどうなったか」と、「ヒトラーが善玉だったならどうなったか」というタラレバ仮説を考えてみましょう。ところがこれらは仮説で終わらず、だんだん真実へとずれ込んでいくであろう将来が考えられるのです。

ヒトラーの絵に「ノー」と言うなら、他にも「ノー」と言うべきスターアーティストが今も世にそれなりに多い。ヒトラーだけを歴史的芸術家の名士からうまく除去できる線引きが見つからず、人々はアートの大衆的行動にため息をつくのです。芸術なんてわからないと言う人は、ヒトラーにカモにされ、彼が名士となる足場にされています。

第2集に収録
抽象絵画
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10 子どもの絵、幼児の絵は芸術か
2016-10-17 Mon 00:46
個性的作品が多いショパンのピアノ曲とて、関心がない人はどれも同じに感じます。それは、ビートルズ曲も、ジェット旅客機や結婚指輪のデザインもそうでしょう。誰でも、関心があれば個々の細かい差を感じ、関心がないなら皆いっしょと感じます。当然ながら、関心は買う時に最も高まり、買わないと低いでしょう。

日本の抽象画家は、実はたいてい周囲からこう言われたことがあるのです。「ピカソみたいな絵ですね」。どんな絵でも抽象なら言われます。つまり、美術に関心がないという意味の告白を受けているわけです。「ピカソは子どもの絵と変わらない」も同じ告白で、関心がないと違いは感じ取れません。皆いっしょと感じます。

ところがおもしろいことに、ピカソと子どもの絵の違いは誰も説明しません。美術に多い情報空白地帯のひとつです。子どもの絵はどういう絵か。子どもに何ができ、何ができないか。大人に何が勝つのか。故意に子どものように描くのは、大人には簡単か困難か。そもそも絵画の児戯は価値がないのか。それらは、ほとんど情報がありません。

少子化で子どもに無関心になっていく日本で、幼少期のアートの秘密に関する話題です。芸術なんて関心がありませんで終了せずに、芸術の成り立ちへさかのぼる手がかりとなる子どもの絵。その謎を探ります。

第1集に収録
抽象絵画
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109 名作から出るオーラの正体を追え
2016-10-13 Thu 00:09
名画名作から深いものを受け取り、私たちは心の糧にします。

この感銘を指して、本物の芸術作品からは特別なオーラが発信されているという説があります。説というより、大勢に覚えがある強い実体験になっています。大傑作には、五感を超えた何か特殊なパワーがあって、こちらにシグナルが飛んでくるという。

「それは美術鑑賞の大きな魅力となって、情報洪水の中で唯一といえるほど信じるに足る本物の真実の体験です。実際に起きているのであり、絶対に正しいことはゆるがない。芸術的オーラがもたらせる幾多の感動の豊かさは、美術ファンの大きな連帯感を形成しています」。

そうした芸術的オーラの存在を、あっと言う間に否定して、完全にぶっ壊して、打ちのめしてしまう話題です。美術を見るおもしろさや豊かさも、画家がやりたかったことも、それとは違っているという最重要な話題のひとつ。「そこかよ?」系で、「妄想はそこまでにしよう」の代表的なテーマです。

第8集に収録
抽象絵画
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91 空飛ぶ円盤UFOと、宇宙の芸術 2
2016-10-12 Wed 00:27
ネット時代になって、美術も芸術もエンターテインメントに分類されています。芸術はエンタメだ!。しかしレジャー産業や趣味講座とは次元が違う、何か特別な無償の衝動の存在を信じて、それが芸術の源泉だと考える人は意外にいるのです。芸術は衝動だ!と。

「何かを表現したい衝動」は、単に個人レベルの気持ちの問題かという命題です。話を大きくして、地球で人類が発祥したメカニズムは、芸術の衝動と関係があるかも知れないとする仮説です。

宇宙が誕生して成長するプロセスと、生物が発生して成長するプロセスは、昔からよく似ていることが言われてきました。ビジュアル的にも、マクロ世界とミクロ世界は相似します。太陽と惑星の関係は、陽子と電子の関係に相当するとか。ある星雲の宇宙望遠鏡写真と、神経系の顕微鏡写真は、同じものに見えてしまうほど。

この回では、宇宙の仕組みを芸術衝動の視点から類推し、生物が生まれた奇跡を画家の創作行動に重ねています。人類の運命は芸術がカギを握っていると仮に考えて、ただのエンタメにとどまらない飛躍的な論を試みました。

第7集に収録
抽象絵画
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76 絵をへたにかく意味はどこにあるのか
2016-10-11 Tue 00:40
絵を故意にへたに描いたと言い出したのは、ピカソでした。このへたに描く意味は、美術界で常に誤解されている大問題です。ものすごく偉い超大物や有名人にも勘違いは起きやすく、教え子や読者を巻き込んでいる疑惑です。

へたに描いた絵を児戯と言ったり、奇をてらったアイデアと言ったり、技量不足のカバーと言ったり、余力の見せつけと言ったり。作らない論者たちの、ヤマカンの当てずっぽうがたくさん出回っています。それが言葉情報を当てにする鑑賞者の目を曇らせ、絵をわからなくする結果をまねいているはずです。たぶん。

そうした基本部分を間違った解釈をどこかで吸い込んで、アートに入り込めずにいる人や、無駄な勉学へ流れる人を増やしているという。みんなの視界をいたずらに狭めてしまっている話題です。美術の周囲はもっともらしいウソの山。

これにて、芸能タレントの絵も多少は見方が変わるかも知れません。今よりも、アップかダウンかは別にしてですが。

第6集に収録
抽象絵画
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62 ゴッホはなぜゴッホになったのか
2016-10-10 Mon 00:20
ゴッホの価値は一般に、絵の描き方以外にも広げて受け取られているようです。人類と芸術の関係を暗示するシンボル的な存在という、もうひとつの面があります。だから本書に、わかりやすい典型例として何度も出てきます。

現代人がゴッホの絵に魅せられるひとつの理由は異質性で、今日の人気絵画と雰囲気があまりに違うから目に残るという、「皆さんわかってるじゃん」という部分が確かにあるのです。しかし首をかしげ続けている部分もあって、そのひとつがゴッホが成立した分岐点の謎です。

ゴッホはなぜあんな絵へ進み、あんな結末へ進んだのか。いつもボヤーンとしています。偉人としてたたえまくる声のすき間に、頭がおかしい人だったからという落としどころが出回り、特に若い人たちは「ゴッホはクレージー論」に合点しやすい。メンヘルという俗語が流行している今日、飛びつきたいのもやまやま。

そんなわけはない、落としやすい話に落として納得してはだめと、作る視点からたどり直した話題です。

第5集に収録
抽象絵画
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