映画『モンパルナスの灯』の悪徳画商は本当にいるのか?
2017-09-11 Mon 00:46
モンパルナスとモンマルトルは、よく間違います。著者も、あれ、どっちだったっけと、迷うことしょっちゅう。何しろどちらもパリにあり、どちらも芸術家が集まっている地区だったから。『モンパルナスの灯』という、モディリアニの伝記映画のお話です。

映画に出てくるキーマンは、リノ・ヴァンチュラ演じる超悪徳な画商でした。モディリアニの才能を見抜いて、しかし彼の絵を安く仕入れて転売益を高める策略を考えます。飲みすぎで死にかかったモディリアニを病院へ運び、死亡を確認してからモディリアニの妻の元へ。

死亡をまだ伏せておき、アトリエにたまっていた絵を安く買おうとします。妻は夫に支持者がいることを喜び、しかし値打ちがない前提の安価で渡すことに。画商は絵を次々とめくって確認。あの首の長い人物画が次々とスクリーンに浮かぶラストシーン。

ネットでは、あれがモディリアニの最後と心得る人が多いようです。映画評論サイトも、モディリアニの悲惨な事件として執筆されます。画商はしょせんあんな悪質な人種だと、訳知りに語る人も大勢。美術業界に幻滅して批判的に。歴史の記憶として、共有する史実として。

『モンパルナスの灯』は作り話です。モディリアニの最後はああではなく、絵を奪った画商は架空の創作キャラ。あんな人はいない。そもそも絵は安くすれば売れました。ところが日本であの映画を証拠にあげて、現実の画商は悪い奴らだと結論する人が多い。罪な映画です。後世の戦争エンタメ映画を歴史の証言とした、日本ヘイトみたいな感じ。

国内の悪徳画商といえば、贋作を銀座ギャラリーに売り歩くタイプや、契約画家に売れた金額を低く虚偽申告して差額の歩合を着服するタイプがよく言われます。それらもひどいから、フェイク映画を信頼する空気ができているのかも知れませんが。
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音楽のオブリガートの効果を絵画で読み取る
2017-09-08 Fri 01:45
音楽のオブリガートとは何か、ネットでよく質問に出ました。助奏と訳される技術です。ジャズ、ロック、ポピュラーでは簡単な話で、マイケル・ジャクソンの曲でも多用。が、回答は頭が痛くなる固い説明で、質問者が疑問を解消できていない様子です。

実例をあげた方が早い。宮川泰(みやがわひろし)作曲、阿久悠(あくゆう)作詞の『宇宙戦艦ヤマト』のこの部分。「うちゅうーーうせんかん」「ジャジャジャジャジャ」「やーーまーー」「ジャンジャジャーーアーン」「ジャジャジャ」「ジャンジャジャーーアーン」というあれ。「ジャ」で始まる金管楽器の演奏がオブリガートです。

スペースクラフトに生まれ変わった戦艦ヤマトの威容に、乗組員たちの高い志をつけ足します。行く手の困難と危険も予感させ、犠牲多き悲劇の旅を暗示する演奏。このラッパ演奏がないとマヌケに聴こえるから、飲み会で歌えば気の利いた人が大声で加えるほどです。

メロディーに加勢したり同調するに限らず、異なる方向へ広げる効果もあります。世界の映画音楽のオブリガートもトランペットなどが多く、高揚するメロディーに、やるせない気分や残酷な一面を加える小ワザがあります。これもまた、表現の裂け目の技術です。

同じ効果は、美術にも当然あるでしょう。絵画の背景は伴奏に当たるから該当せず、準主役的な描き込みが助奏役です。主役の近くにある引き立て役のパーツや、人物画の周囲の塗り分けなど。絵画のオブリガートも、裂け目の表現技術になるはず。できるはず。

ところが画家は、裂けるのを避ける傾向があります。主役をきれいに保ち、複雑な混濁をなくす意識が強めで。少なめ少なめの筆になりがち。「ジャンジャジャーン」の金管が聴こえない、歌だけの絵にとどまりやすい傾向を感じます。これを何とかする作戦は後で出てきます。
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見当違いの作品深読みが、一応は成り立ったプログレ音楽
2017-08-18 Fri 01:43
ロック音楽の表現で若さと並んで多いのは、超常世界や魔界でしょう。より複雑で難解な物語性といえば、プログレッシヴ・ロックが浮かびます。クラシック似の壮大な曲に、壮大な歌詞。イギリス出身グループの四強か五強が、全世界的に有名です。

中でも最も成功したグループが、ピンク・フロイドとされます。『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』の日本盤は『狂気』とタイトルされ、70年代のオリコンチャートに出るほどの大ヒットで。マニアックなのに、全世界で世俗的な成功も収めています。

その主題は月の暗い側。三日月の暗い部分の話ではなく、地球から見えない裏側の話です。「狂った人が草の上にいる」という歌詞と、ディミニッシュ・コードの組み合わせが終盤のハイライト。ポップながら不穏な雰囲気に満ちた、完ぺきなアルバムです。

日本でピンク・フロイドの音楽性を分析する音楽誌は、グループ名から語り始めていました。ドイツの心理学者で精神科医のジクムント・フロイトの名を借りた彼らが、深層心理の世界を表現した音楽性。ピンク色の、桃色のフロイト博士。潜在意識の心理学でつくられた曲たち。

しかし全くの見当違いでした。ピンク・フロイドの名称は、アフリカンアメリカンのブルースシンガー兼ギタリストである二人、ピンク・アンダーソンとフロイド・カウンシルをつなげただけです。桃色ではなく、ジクムント・フロイト博士と無関係で、心理学も無関係。シュールレアリスムとも無関係な、泥臭いブルースバンドだった。

ひめゆりの塔が、ヒメユリと関係ない類例か。このように、作家や作品を分析して深く読んだ解釈が、見当違いな例は意外にあります。それでも何となく理解できた気分だから、作品分析はそんなものと考えてよいでしょう。本書は、その手の美術解釈論と距離を置いています。
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血液型性格占いとモンスター的な言葉の芸術
2017-05-20 Sat 01:59
血液型で性格が決まる説は、大正時代の女性誌の占い付録で広まったそうです。信じるのは世界に二国のみ、大流行した日本と模倣した韓国だそうで、中国では信じていません。東西の欧州や中東、西と南アジア、南北アメリカ、アフリカ諸国、オセアニアでも信じないらしく。

著者が子どもの頃にその占い本が家にあり、性格の分け方に関心を持ちました。A型とO型の違いです。A型はどの解説でも善人が多い話になっており、性格は概して細かいとされます。一方のO型は細かいことを気にせず、むしろ神経が太いような解説になっていました。

当時の著者は、差の設け方で浮かんだのです。A型は「ええ方」からきて、O型は「大型」からきたのではないかと。発音に引っ張られてA型はええ人柄の善人となり、O型は大きくゆったりしたイメージでまとめたのだと推測したのです。タイプエーやオータイプと発音する国では、日本のようには語呂がなじまない道理です。

A型は人がよくて繊細で、O型はよく言えばおおらか、悪く言えば大まか。大様で太っ腹な性格だと割り振ったのではと。O型は何となく体格も大きかったり、多少でも太めに思えませんか。O型よりはA型の方がスリムな感じ。O型の方が体重が重い。ちなみにヒトラーはA型。

著者は似たことを「季節風」でも思いました。英語なら「モンスーン」で、モンスーン気候などと言います。モンスーンは季節風だと聞くと、さわやかなそよ風ではなく、強い風、暴風を思い浮かべる人が多めではありませんか。ビュービュー吹き荒れる激しさを想像して。これは発音が似たモンスターと、脳内でだぶるからではないかと。

発音と意味が合う好例に、昆虫のハエとカがあります。ハエより体が小さいカに、少ない字数を当てるのが日本語です。だからしっくりくる。英語だとフライとモスキートで、文字数も音も規模が逆転してしっくりきません。詩や歌など言葉芸術に通じる音の効用ですが、美術でも音と関連する表現があります。
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超有名作品が別人の作とわかった時、何がどうなる?
2017-04-08 Sat 02:50
交響曲の数は、ベートーベンが9曲、マーラーは10曲、ショスタコーヴィチ15曲。1曲の規模は違うものの100曲以上あるハイドンは、「交響曲の父」と呼ばれます。最大級の人気が、『おもちゃの交響曲』です。キリキリキリ、ピヨピヨピヨと玩具の効果音が印象的なあれ。

しかしとっくに、ハイドンの代表曲ではなくなっています。ある頃に、レオポルト・モーツァルト、つまり超有名なアマデウス・モーツァルトの父親が作曲したと判定されました。その後、エトムント・アンゲラー作曲とわかりました。日本では世代によって、学んだ知識が三つに分かれます。英語サイトには、モーツァルト父作の記述がまだ多くて。

このように名作が別の作者のものだった場合に、地位の変動はあるのかといえば、もちろんあるのです。ただし時間がかかっています。ネームバリューが惰性するからです。写真家ロバート・キャパの場合も。

有名度世界一の『崩れ落ちる兵士』は、これで世界一となったキャパの撮影ではなく、恋人のゲルダ・タローが戦地外で撮ったジョーク写真だろうと、1980年代の雑誌『アサヒカメラ』だかで検証されました。実は2枚あって、コマが連続。ちなみにタローとは、ゲルダの友人だった岡本太郎のファーストネームで、気に入って名乗ったらしい。

美術絵画では、近世スペインの画家ゴヤの代表作『巨人』が、ゴヤ作でないと少し前に発表されました。『巨人』はでっかい男が町の向こうに立つ、ゴジラ出現のような絵です。ゴヤを特徴づける代表作でもあり、今から210年ほど前にしては奇抜すぎるので、20世紀シュールレアリスム(80年前)の先駆と称賛されました。

その『巨人』は今は、弟子のアセンシオ・フリアの作とされます。それなら、アセンシオ・フリアをすぐに巨匠と呼び、シュールの先駆と称賛すべきが、そうなっていません。歴史名作の選定に費やす時間がいかに長いかを、現在進行形で示す好例といえます。昨日のニュースで東京と神戸で収蔵品を来年展示するという、プラド美術館の話題でした。
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芸術を表すのに最もふさわしい言葉は何か?
2017-01-01 Sun 00:01
ある大学の造形の先生が授業で、よくこう言ったのです。「この絵はおもしろい」「これじゃおもしろくない」。「君らはもっとおもしろい絵を考えないと」。口ぐせのように、「おもしろい、おもしろい」を連発するのです。

おもしろい?、それはどういう意味なのか。新入生たちは悩み、議論しました。「うまい絵」ではなくて?。何のこっちゃ。おもしろい絵とおもしろくない絵、その差は何なのか。絵がどうなっていればおもしろくて、どうなればおもしろくないのか。

年月経て、おもしろいの意味は理解されました。そして同時に、その意味がわからない人間の心理も見通せるようにもなって。「おもしろい」イコール「芸術的である」なのです。だからこの語の内訳を分解してもナンセンスで、注釈も野暮です。「やつはクールだぜ」って感じで。

この「おもしろい」は「インタレスティング」であって、「ファン」ではありません。「興味深い」の方であり、「可笑しい」ではないはず。清少納言の「いとをかし」と似ていて。この「おもしろい」だと作品の芸術性に届いて、ずばり「芸術的である」だと逆に届かないのは、日本の事情とも関係があります。

というのは日本で「芸術的」の意味は、「模写の腕が立つ」「手が器用で細かい仕事」「高い人間性」など、特殊技能検定の免許皆伝的な方面が真っ先に来るからです。職人芸の道徳へと自動的に引っ張られ、それだと人類の歴史遺産と大きくかけ離れます。当てはまる時代範囲も狭いので、わからない過去が世の中に増えすぎる問題です。

かつて「東京路上考現学」で、街の奇妙な造作物を写真に撮り集めたグループもまた、「おもしろい」を連発しました。この語は、太古の美術品への言及にも不足がなく、いかなる表現の裂け目にも届く言葉です。一方「きれい」「上手」だと、歴史名画が名画である根拠さえ説明できません。「ゴッホはうまい」論も、実態とは違いすぎます。
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画家の死で価格は上がるのか、いじわるばあさんの絵画投資
2016-10-28 Fri 00:38
長谷川町子の4コマ漫画『いじわるばあさん』に、主人公がデパートで絵画鑑賞する場面がありました。将来性が確実な絵に期待して買うわけですが、それから毎日画家の家に電話をかけるのです。「今日もまだお元気ですか」と。

「また」と言わず「まだ」と言うイジワルな主人公は、絵の値上がりが楽しみで、作者が亡くなる日を待っている筋書きです。高騰したら売り抜ける投機目的で絵を買っており、日本のアート市場の素顔をおもしろおかしく皮肉った漫画作品でした。

『サザエさん』よりも『いじわるばあさん』が本命だと長谷川町子本人は生前語っていて、『サザエさん』に適さない強い毒モチーフは『いじわるばあさん』にかき分けていました。

しかし漫画の最大ポイント「画家が亡くなると値上がりする」は現実は逆で、値下がりする場合がほぼ全てです。実態だけでなく、状況証拠もそろっています。個展は作品だけ置くよりも、会場で本人が応対する方がずっと売れる現象もそうです。生きている画家の地位や人柄や人脈などが、大幅に加算されるからです。

死後に値上がりした例は、ゴッホやモディリアニなど歴史名作に集中しています。その一群は生前はゴミクズ画家の扱いで、売れないせいで早死にしていたりします。売れない事実があるから、いじわるばあさんは当然そうした絵に関心はなく、買うわけもありません。

長谷川町子の狙いは、金額換算も楽しみという日本に多い購入動機への皮肉とみえるかも知れません。また、現代版ゴッホやモディリアニの居場所は日本にはないという、裏返しの指摘も読むことができます。
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